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第七章  粉のダイナミックス
 コーヒーを飲むとき、洒落たカット グラスの砂糖入れから、金のスプーンでやおらすくってサラサラッと砂糖を入れるダイナミックスを楽しもうと思っているのに、「ひとつにしますか、ふたつですか」などと世話を焼く、おせっかいな人がいる。もっとも、これは相手にもよることだが、サラサラもひとつのささやかな文化であって、砂糖は甘ければよいというものではない。ここに楽しみがあり、コミュニケーションの糸口もあるというものだ。サラサラは文化だから原価計算はしない。 最近ではスプーンをつかうのは古い。たいていはパックのシュガーだのシュガーカットだ。やぶりにくい袋をひっばっている光景はあまりスマートな文化とはいい難く、カップの近くに、はやくもゴミができて気分もよくない。こんなのは悪い文化だ。

 さてどんな粉もこういう風にサラサラ流れてくれればいいが、そうはゆかない。そこで手に負えない、扱いにくい粉を、うまく、そして速く動かす技術が活躍する。粉はほこりが出やすいので、ほこりを収める技術もいる。
 いまの平均的日本人にとって、粉といえば小麦粉、臼といえば昔の道具くらいの認識しかないのが普通だが、仕事の上でも、日常生活のうえでも、粉の技術と粉が作り出す物質文明にどっぷり浸っているのだ。普段は粉に気付かないだけのことである。そこで本章では主として粉の扱い方について、また次章では、従来の粉の概念を一新した現代の粉について述べることにする。 
 現代の粉屋は、粉っぽい手に負えない粉をまるめこんで、サラサラにして、自由に操る。おだてたり、すかしたり、だましたり、のせたりする魔術師である。第一章でのべた通り、粉をつくって、練って、かためて、焼いてといったパターンは少しも変っていないが、工程の途中での粉の扱いが進歩した。二十一世紀の現代は人類史上いまだかつてない、物とエネルギーの浪費を基調にした文化が栄えている。そのよしあしは別として、とにかく量産時代、人の目にふれないところで莫大な量の粉が流れている。物は粉の状態で輸送するのが、都合いいからである。まず第一にパイプライソで運べる。そうすれば、人手も要らないし、 埃もたたず安全である。そのためには流れにくい粉も扱いやすくする技術が必要になる。バルクハンドリソグ技術などとよばれている。、
7.1 粉を気流に乗せる
 風の強い砂丘や砂浜では、飛砂の災害がある。これを、昔の人たちは、砂防柵や松林を育てることによって防いだ。白砂青松の日本の海岸は、祖先たちが長い年月をかけて築いた遺産である。けっして大昔から松があったわけではない。考古学者によると、縄文時代には松はなかった。その後の人為的な自然変化で、松が全国に広がった。それが藩の大事業だった場所もある。それを飛砂の防止に役立たせ、同時にすばらしい景観をつくった。
 外国には砂漠の飛砂についての研究が古くからあり、その研究成果が基礎になって、砂だけでなく、粉ならなんでも気流にのせてパイプラインで輸送する技術を生んだ。家庭用の電気掃除機は、吸い込んだゴミを空気流に乗せて吸引パイプの中を捕集室へ運び、フィルターで粉塵ゴミを分離する。これは工場で発生する粉塵を捕集する装置のミニチュアである。集塵装置がないころには、頭に手拭をかぶり、口と鼻にはマスクをして、粉まみれになって働くのが粉屋だった。まつ毛はお爺さんのようだった。そこで珪肺や塵肺にかかった。老人になって気がつくことも多い。

 集塵装置では粉を吸い込んでから、それをどうやって集めるかが問題である。電気掃除機は、これを布や紙の袋で漉しとる。工場ではこれをバグフィルタ-という。バグすなわち袋式濾過機である。空気を漉すなんて簡単そうだが、種々の目的にかなった濾布の開発が進んで、今日のような完成されたバグフィルターができた。ふるいのように、粉がひっかかるのでなく、粉自体が濾過層になる。また衝突捕集効果といって、濾布の繊維層のまわりの気流から粒子が逸れて捕集されるメカニズムも研究されている。
 バグでは捕集できない粉塵は、静電気を利用した電気集塵機で捕集する。一時は公害問題の筆頭だった大気汚染は、これら集塵装置の働きで今日のように改善された。雨が降れば空気が澄むことから、水を雨のように降らせばと思うが、意外にダメなものである。水滴の最適サイズがあり、速度も三〇メートル毎秒以上でないと、捕集効率がぐっと落ちる。それに、大気汚染を水汚染に変えるだけで、解決にはならない。、
サイクロン

 7.2 サイクロン
 工場ではいきなりバグフィルターや電気集塵機にかけるのでなく、比較的粗い粉を、前もって捕集したほうが都合のよいことがある。それにはサイクロソという装置がある。アメリカで南北戦争直後頃から、スターテバントが集塵装置の研究を開始したのにはじまる。この特許は、今から百年程前の一八八五年(明治十八年)に出ている。
 サイクロンの円筒部分で渦巻き気流が発生する。サイクロンとは、インド洋で発生する旋風のことで、しばしば大災害が報道される。日本名では台風である。
 入口風速一五-二〇メートルで、入口から入った空気は、装置の中で旋風を発生し、粒子は遠心力で壁の方へ移動し、壁を伝わって下に落ちるが、空気は中央へと向かって中央の空気出口から抜ける。重力の数百ないし数千倍の遠心力が発生するので、大気中では容易に沈降しない微粒子が捕捉できるわけである。しかし、数ミクロソ(千分の数ミリ)というような微粒子は、空気に伴われて排出されるので、そのあと電気集塵機やバグフィルターで捕集する必要がある。

 7.3 気流搬送装置
 ニューマチックコソベヤー、または空気輸送装置は、粉体状の原料あるいは中間製品や最終製品粉末を輸送し、必要な場所でサイクロソにより捕集する装置である。現代の工場では、壁を貫通し、天井を這い、機械の間をくぐって、粉塵の発生なしに粉を輸送している。このニューマの出現によって、粉を扱う工場のイメージは一変した。一九二四年、ドイツのガスタースタッドが、穀物類の輸送に関して原理的研究を発表して以来、主に小麦製粉の大型化に伴って発達した。また他の産業にも急速にひろまり、とくに一九四〇年以後、石油化学で、つぎに述べる流動層の発展に伴って進歩した。
 現在、日本は外国から工業原料、小麦や飼料を大量に輸入している。船で運ばれてきたものは港に設けた巨大なサイロ(一時貯蔵装置)に収める。このときニューマチックコソベヤーが活躍する。まさに日本列島のストローである。


7.4 流動層
石油化学の反応器の例

 底に網を置いた円筒に、粉をいれて下から気体を吹き込む。空気流量が少ないうちは、空気がただ通りぬけるだけだが、次第に流量を増してゆくとやがて突然、粉の層が脹らんで、まるでお湯が沸騰しているときのように動きはじめる。この状態を粉体の流動層という。粒子の大きさと流量とがちょうどよい条件が成立したとき起こる現象である。この流動層は気体と粒子との接触が激しく行われるので、化学反応や粉の混合、乾燥、燃焼、造粒などをきわめて効率よく行うことができる。流動層をはじめて大規模に実用化したのは一九二二年(大正十一年)、ドイッ特許の石炭ガス発生炉(石炭をガス化する炉)であった。これは、ウィンクラー炉と呼ばれ、高さ一三メートル、断面積一二平方メートルという大きい流動層で、一九二六年操業に入った。その後、日本でも実用化されたが、広い場所をとり、効率がわるく不評であった。.'
 第二次大戦のさなかの一九四一年アメリカでは高オリタソ価航空機用ガソリソ増産の必要に迫られていた。私も一九四四年、勤労動員で化学工場に出て、航空機用ガソリソ製造の触媒研究の手伝いをやっていた。アメリカと同じようなことを、二、三年遅れて追っていたわけである。粒状触媒を反応塔に充填しておき、そこに石油ガスを送りこむ方法(固定式フードレイ法)であった。しかし、すぐに触媒がダメになるので、そのたびに装置を止めねばならなかった。真黒になって実験したものである。この操作を連続化し、触媒を固定せず流動化させて行うのが、流動接触分解法である。連続的に触媒を扱うソリッドサーキュレーション法のはじまりである。この方法はその後、爆発的に応用が拡大し、現代石油化学の基本となった。現在では、数えきれないほどの応用がある。生活に関係深いものとしては粉末食品の造粒や乾燥がある。ゴミの焼却炉にも応用され、砂を流動化しておき、そこへ生ゴミを入れると燃えつくす。こんなところに、航空機用ガソリソで発達した技術が生きているわけだ。

 

7.5 セメントエ業

 もっと大規模な流動層の応用は、セメントエ業である。道路も建物もセメント工業抜きでは語れない。このセメントエ業の技術革新は、まさに流動層の発達にあった。セメントの起源は古くギリシャ、ローマ時代に遡るが、今日のようなセメントが完成したのは一八二四年であった。イギリスのレンガ工であったアスプディンが「人工石製造法の改良」なる特許を出し、ポルトランド島の石材に似ていたので、ポルトランドセメソトと命名したのにはじまる。不純物が多い石灰石を、粉にして焼けばセメントができるが、品質の安定した、水の中でも固まる水硬性セメソトを造るには、石灰石、珪石、粘土、および鉄スラグ、石膏の粉をつくり、厳密に成分調節する必要がある。これは、粉の混合である。ひと昔前は、粉末にした原料に水をくわえドロドロにした状態、すなわちスラリー状でかきまぜた。つぎに、これを濾過し、ロータリーキルソ(回転焼成炉)で焼いた。これを湿式法という。私は戦後の1947年の夏休み中の実習体験授業で、小野田セメント藤原工場の分析室で粘土の分析を担当していた。大きな池のようなシックナーという沈降槽の脇に分析室があった。この沈降槽は長時間の撹拌で大量のスラリー(泥)を均一に混合する役割だった。

 もし、水を使わずに混合できれば、水の蒸発分だけエネルギーロスが少なくなる。これを可能にしたのが、流動層であった。乾いた粉のままで混合するのが流動層混合装置(エア・ブレン ディイグサイロ)、直径一〇メートル、高さ二〇メートル、一個で二五〇〇-四〇〇〇トソ級の円筒形サイロもある。
 セメソトにはもう一つの技術革新があった。ロータリーキルンから出る熱排ガスにより、原料粉末を予熱する装置である。熱い気流中で浮遊状態で加熱されるので、サスペンション・プレ・ヒーター(浮遊予備加熱装置)という。業界ではSPと略称されている。この装置から出る排ガスは摂氏約三三〇度あるが、これは、原料の乾燥に利用する。こうして湿式法ではトン当り一四〇万キロカロリーだったのが九〇万キロカロリーまで節減できた。原料も製品もひと昔まえと変らないが、巨大な粉の流れのダイナミックスが、セメソトエ業を変えた。わが国の年間セメント生産量は鉄鋼とならんで約一億トソ、世界のトップをきっている。骨材の消費トソ数はセメソトの約八倍である。日本がコンクリート列島になるのもうなずける。
 耐火レンガも石炭もパイプラインで
 レンガをパイフラインで運べるはずはないが、粉の原料なら運べる。製鉄の溶鉱炉や製鋼用転炉、電気炉などの耐火煉瓦は消耗がはげしくて、築炉や補修に人手がかかった。そこで耐火物原料を水で練って生コンのように練り、土状または泥状にし、パイプライソで運び必要な箇所に流し込み、吹きつけ、エアーハンマーで直接、現場施工する。窯を使うときに自然に焼けて、耐火物になる。これを形のない耐火物という意味で、不定形耐火物とよぶ。不定形耐火物は、必要に応じて、流動性をもたせてパイプラインで運び、所定の場所で固体に戻す。粉の動と静の変幻自在な操り技術である。そっとしておけば流動しないが、かきまぜたりすると水のように流れる性質をチクソトロピー(揺変性)という。現象のスケールがちがうが、第五章でのべた胡粉が、ハケなどで塗るときには動き、ハヶを止めると静止して、たれてこないのと同じだ。もともとコロイド分野の用語だったが、本来の意味を広義に解釈するようになった。
 石炭もパイプで運ぶ。火力発電の石油依存度を低下させるために、(
世界最大規模の東京電力横須賀火力発電所(五三〇メガワット)が建設された、http://www.mhi.co.jp/nsmw/html/nws0308.htm総出力約400万kwの世界最大規模の複合火力発電所)、荷揚げ能力が毎時2700トンの世界最大級の連続アンローダもありと聞く。コム(COM)焚きといって、石炭を微粉砕し(七〇ミクロン以下)、重油と混合したものを燃料につかう。長期間安定性を保つために、界面活性剤が使われている。固形の石炭と違って海底に輸送管を敷設して、パイプライソ輸送ができる。COMはコール・オイル・ミクスチュアの略である。

スプレトライヤー
海辺では、海水のしぷきが乾燥して、塩の粒ができる。これを工業的に実現したものが・スプレトライヤー(噴霧乾燥造粒装置)である。液状のものを細かい霧に吹き、その霧の粒が落下するあいだに乾燥させる。霧をつくる原理は、雨傘を回すと水滴が飛ぶ、速くまわせば小さくなる、あの原理である。落ちる途中で、いくつものこまかい粉の粒子がくっつき合う。こうしてできた粒子は、ソフトにくっつきあった粒子で、これを穎粒(かりゆう)という。扱いやすくて、必要なとき溶けやすいとか、保存中は表面積が小さく、こわせばもとのように表面積が大きくなるなどの特性が利用される。牛乳をスプレードライヤーにかけると粉乳ができる。粉乳工場では、高さ三〇メー
トルの塔の上から、ゆっくり落ちている。下から眺めると牛乳の雲が棚引いている感じだ。合成洗剤、医薬品、農薬、粉末食品、調味料など実に広い応用がある。酒を粉にする芸当もこれで、デキストリソに酒をしみこませた粒子である。電子部品など小さい金型に材料を詰めるのにも、この技術により穎粒にして流れやすくする。薬も、かつては粉ぐすりが多ぐ、粉のまま口に入れて飲むのが普通だった。うまくしないと粉にむせたものだった。今では微粉末をソフトに固めてある。あまりかたく固めると、丸薬になって溶けにくい。抹茶もこうすれば茶筅が要らなくなるが、香りが飛ぶのでまだ実用化されていない。もっとも、これでは茶道も飛んでしまいそうだ。
 古くから、線香の製造につかわれた押し出し機も、粒を造る方法の一つである。なんでもないようだが、ここにも一つの芸術がある。高級なお菓子の造粒をやったときのこと。条件がよくないと虫のウンチの感じになる。菓子屋さんの要求は「福寿草の根のムードにしたい」だった。人間の目は難しいものだ。水分、バイソダーの種類の選択が重要で、これが造粒のノウハウである。
 フロッキング防止
 量産時代にはすべてのものが高速で走る。たとえば印刷スピードが速くなった。ところがオフセット印刷のイソキは、亜麻仁油、桐油など乾性油が主体で、乾燥は空気酸化による化合物の形成、すなわち架橋硬化だから、乾燥時間は約二十時間を要する。そのままだと裏写りが起こるし、たくさん溜れば一体になる。これをブロッキソグという。それを防ぐのに、取り粉の原理が利用された。お餅をまるめるのに、取り粉といって、米の粉や馬鈴薯でんぷんをふりかける。お互いに粘着するのを防ぐほかに、餅を滑りやすくし、動かしやすくする効果がある。この原理を物体を運ぶ媒体として利用する。石を運ぶときの転(ころ)に似ており、スペーサーを入れるともいう。でんぷん粒子の表面にシリコーン加工した粉を、ふるいで五〇から三〇、あるいは二〇から一〇ミクロンに揃えてある。粉が発塵源になっては困るから、五ミクロソ以下の微粉は除去する。板ガラス、フィルム、ビニールシート、板ゴムなど平らなものの生産に利用されている。食品工業でも、チュウインガム、ソーセージ、パン、大福、パイなどの食品の高速大量生産に、毒性のない加工でんぷかが活躍している。


 噴きだす粉、エーレーション
 ブロッキソグ防止剤の加工でんぷんは、おもしろい性質をもっている。空気を含むと液体のように流れるから、ポリ袋に入れて針でつつくと、針孔からピューと噴きだす。また容器にいれてゆさぶると、ヒタヒタと水のようにうごく。まことに不思議な粉である。これで粉鉄砲をつくるのも楽しい。それなら第十章でのべる砂時計に使えそうだが、空気と一緒でなければ動かない。自然界には花粉や胞子に、このようた性質をもったものがある。古くから漢方薬や製薬用の衣(ころも)につかう蒲黄(蒲の花粉)、せきしようし石松子(ヒカゲノカズラの胞子)がそれである。この性質を利用したのが人工受粉器で、果樹園でつかわれている。発砲は非常事態発生時にかぎられるが、粉鉄砲は身近にも置いてある。粉末消火器である。昔は重曹(重炭酸ソーダ)だったが、今は、重炭酸アソモニウムと第一燐酸アンモニゥムが主体である。流れ易くするために、粒の大きさは○・一八ミリ以下、粒子の形を整え、表面にシリコーンコーティソグして滑りやすくし、メチル水素シリコーン油で処理して水をはじく性質を持たせ、さらに吸湿防止加工されている。炎の中には、水素イオンと水酸イオソが、活性の状態で存在し、このうち、水酸イオソが燃焼の仲だちをする。燃焼の連鎖反応つまり,火炎の担い手である。このイオソを奪いとる作用が消火作用のメカニズムである。微粉末にすることによって、表面積を大きくし、反応性を高め、粉の粒子数を多くしてイオンに遭遇するチャンスを大きくし、消火作用を高めている。粉自身が、燃えている木材に付着し、溶けて覆い、木材自身を不燃性にする作用もある。
〔挿話〕富士山のシミュレーション
  粉の流れの実験でおもしろいことがあった。粉を漏斗から少しずつ落すと、床の上に山のように堆積する。このときの角度を静止摩擦角と呼ぶ。山の頂上付近でしばらく積みあがってから、崩れてゆく。崩れると、前より小さい角度になる。動摩擦角である。静から動への変化。この角度測定は、粉の性質を考えるために必要だし、容器の設計にも大切な値だ。容器(工場のタンク)に粉を入れるとき、ロースト.ボリュム(ロス容積)ができるから、水を入れたときのように、いっぱいにならない。工場での在庫調べ(仕掛り調べ)にも必要になる。いいかげんな推定をしていて、実際の在庫が帳面と大いに違い、税務署から叱られた会杜もある。ところで富士山は噴出して堆積したのだから、漏斗から落しても結果は同じ筈だ。そこで実験のついでに砂を約一トン一日がかりで床の上に堆積させてみた。はじめは一定角度に堆積するが、やがて上部の重さにより裾野がひろがり出す。最初には富士山そっくりになった。砂の場合は大量に必要だが、粉の種類によっては、もっと少なくてもよい。雲と朝日を背景につくれば、誰も疑うことのない富士の日の出がシミュレートできる。テレピで新年.初日の出のシルエット風景を見ると、もしかしてシミュレーションではないかと思うことがある。

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