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飛行蜘蛛(ゴッサマー)
私の風船爆弾の話を聞いたある生物学の教授から太平洋を横断する飛行蜘蛛(くも)があることを聞いた。さっそく鳴き砂の山形県飯豊町に近い南陽市に住む錦三郎氏(故人)を訪ねたのは、鈴木さんを知る少し前だった。錦三郎先生は90才に近く耳が少々遠かったが、蜘蛛の話になると目が輝いた。国語担当の高校教諭だったが風船蜘蛛研究では世界的権威、しかも博学。日本の古文書では万葉集に出ている話から、外国を調べ出してドイツ、ポーランド、ロシア語、中国語まで飛行蜘蛛について調べたという。
錦先生からいただいた風船蜘蛛の写真より。糸が見える
私はこの蜘蛛に小さな紙切を付けてアメリカへ送りたいがと言ったら大いに興味をもち、可能ですよ。ただし最近は自然破壊が進んでいるから飛行蜘蛛を探すことは難しいですよとのこと。蜘蛛を探そうとしていたら、私が行くと名乗りでたのが風船おじさんこと鈴木さんだった。
後日談になるが山形から帰路のフライトで偶然錦先生のエッセイを見つけた。多分氏の絶筆であろうからそれを起こして下記に引用させていただくことにした。写真はそのときいただいたものである。
日本エアシステム刊 ARCAS( アルカス)1994.10より
雪迎え
冬も近い秋晴れの日、細い糸がフワフワと青空を泳いでゆく。山形の人が「雪迎え」と名づけたこの現象の正体は・・・・・
錦 三郎(エッセイスト・クモ生態研究家)
晩秋の快晴無風の日、澄んだ青空を、白い細い糸、または白い小さい固まりがひっきりなしに流れてゆく。土地の人々は、それを仰いで「ああ、雪迎えが飛ぶ。雪が近いぞ」とつぶやいては、冬への仕度を急ぐ。「雪迎え」は降雪の前ぶれなのである。この奇異な現象「雪迎え」が見られるのは、山形県米沢盆地の東北部に限られていた。そこは、山々に囲まれた特殊な泥炭湿田地帯でもあった。「雪迎え」を仰ぐ人々の心の奥に、また雪を迎えるのだという安らぎと、長い冬ごもりに入るわびしさとが渦を巻くのである。これと同じ現象が、中国においては「遊 糸}とよばれ、六世紀ごろから漢詩の世界に登場し、数百年にわたって詠みつづけられている。八世紀にくだると唐の詩人、劉 錫は「飛びかう遊糸が、まっさおな薄絹のおお空に、乱れまつわる」(意訳)とうたっている。
ヨーロッパでは十四世紀ごろから「雪迎え」にあたる各国それぞれの名称が小説や詩に出てくる。イギリスの大劇作家シェイクスピアの戯曲「リア王」(第四幕、第六場)のなかにも「雪迎え」にあたるイギリスの言葉ゴッサマー(gossamer)が出てくる。ゴッサマーか鳥の羽か空気ならいざ知らず、何十尋もある崖の上から落っこちたらというように。そのころ、ゴッサマーは、どうして起こるのか、なにものがひき起こすのかなどは問題とはならず、ゴッサマーは聖母マリアの紡いだ糸だ、聖母マリアが昇天すると経惟子(きょうかたびら)のほぐれた糸だとかの俗信がまつわりついていた。ゴッサマーが、小さいクモたちがひき起こす現象とわかったのは16、7世紀になってからである。小さいクモたちは、晩秋の小春日和に地上に突き出た枯草や棒杭などに登ってゆく。先端に達すると後ろ向きになり、尻を天に向け、三対の系イボのたくさん吐糸管(としかん)から糸をふきあげる。事実は、糸をふきあげるのではなく、蛋白質状のせんどう粘液を分泌し、それを脚の せん動と上昇気流によって空中へ放出するのだ。糸が伸び、その浮力がクモの体をひきあげるほどになったときクモは脚を放す。クモは青空にのぼってゆき視界から去ってしまう。それらのクモのいくつかは、ジェット気流にまぎれこんで太平洋を横断し、アメリカ大陸に移動することも、じゅうぶん考えられることだ。クモには国籍などあろうはずがない。どこへでも生存地を広げる自由をもっている。しかし、目的地を指定することはできない。気流任せのあてどのない放浪と冒険の旅でもある。このような空中移動を行なうクモは60種以上も確認されており、多くは水田に生息する普通のクモで、コモリグモ科、フクログモ科、カニグモ科など、徘徊(はいかい)性の小グモでしめられている。
文学的な、そして宗教的な叙情をかもすクモの空中分散現象であるが、その裏側をのぞくと、過密からのがれる保身と種族の繁殖のための運命づけられた冒険なのであった。
東 昭著『生物の飛行』(講談社,1946)