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漢文に強い錦先生は中国の種々の文献を調べてたくさんの遊糸(飛行クモ)の例をあげておられる。その一部を紹介する。なおコンピュータで出ない特殊な字は*で示した。
中国の詩のなかの遊糸
空を流れるクモの糸が注目され、最初に名称が生まれたのは、中国である。中国では五世紀に、すでに詩賦のなかで、「遊糸」という名で詠まれている。その用語例をあげてみよう。
梁の武帝 (464-549年)
参差照光彩
左右皆春色
***遊糸
出没看飛翼
-天安寺疎圃堂
きらきらとあちこちに照りはえる日の光り、
どこもかしこも春景色だ。
小暗いまでの遊糸を見つめ
見えがくれの飛鳥をじっと見つめる
しかし、遊糸の正体がクモであることがわかっ一たのは宋代であった。「遊糸…彙聞」によると、遊糸をよんだ杜甫の詩の注(宋人、王*の著、宝元2年〈1039〉の序がある)に「遊糸、蜘蛛の遊散するもの、香煙これに似たり」とあり、また、宋羅願の『爾雅翼』(淳煕元年〈1174〉)には「春と秋の二回に、蜘蛛暖風を得て生じ、.遊糸を吐き、其の身を飛*す、故に春の月に遊糸数丈ばかりのものあり、皆蜘蛛の為す所なり」とあるように、11世紀ごろ、すでに遊糸の正体は、クモだとわかっていた。これは西洋よりも早い。
唐代までの中 国詩人は、遊糸の現象が何によって生ずるのか不明のまま詩にうたっていたこととなる。岡田要之助氏の「遊糸彙聞」(『思想』昭和14..年8月号)の附記によると、遊糸はまた晴糸とも称し、杜甫の句に「燕外晴糸巻」、* 集の句に「画檀飛燕*晴糸」などがあるという。
遊糸は、中国においては華北に多く、南方に少ない。揚子江地方などでも、あまりみられない。『辞源』に遊糸は蜘蛛又青虫の吐く糸となっているが、青虫とは、ある昆虫の幼虫で、やはり初夏に現われ、*樹に多く、無数に発生し、クモに似て糸を吐くので、これもまた遊糸と呼ぷとでている。
さて「遊糸」の訳のことであるが、「虫の吐く糸」「いとゆう」「虫の糸」「蜘蛛の糸」「蜘蛛やみの虫の糸」などと、さまざまである。これでは読む者が惑わざるをえない。遊糸は、そのままにして、注に「雪迎え』gossamerのことを記しておくのがよいと思うが、どうであろうか。前述のように、中国の唐時代には遊糸の現象は解明されていなかった。ただ、無数に白い細い糸が、春の青空を飛ぶのが、詩人の目にとまって、.題材となっていたにすぎないのであるから、それを「蜘蛛の糸」「虫の糸」と訳すことには、問題があると思われる。