第一回中国鳴き砂調査団報告
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中国鳴き砂調査団 ( 銀川・沙坡頭・蘭州 )

銀 川 (ぎんせん : インチョワン)  Yinchuan

13日:17:30銀川着 (インチョワン) 寧夏回族自治区科学委員会 許蜀処長が迎え
13日:18:00食事後市場見学
14日:6:00起床
湯の入れ替えらしく、中国語でスイセンシャンシャンスイシーと聞こえた。結局わからないまま。
14日:11:56銀川駅発(中衛 :チョンウェイ へ)
途中次第に豊な地面が多くなってきた。
中国4番目に大きい 騰格里 (トングリ又はテンゲル) 沙漠(九州の2.5倍)が見えてきた。
この南東が目標の沙坡頭 (サパトウ) という。

14日:15:00中衛 (チョンウェイ) 駅着 沙坡頭/張継賢 副所長 出迎え 土壌専門
市街を出ると沙漠が迫って見えてきた。ここは前述人民日報 1991.6.25 に、
寧夏中衛県境内の沙坡頭

其沙丘高度也有好幾十米
但遊人在下滑的時候、
 聴到的卻像有人在撞撃巨鐘、
  以致自古就有

   "沙坡鳴鐘" 的伝説(鳴鐘の伝説あり)

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沙 坡 頭 (サパトウ) Shapotou
14日:15:30沙坡頭(サパトウ)招待所着:中国科学院沙坡頭沙漠研究所

研究所前に「熱烈歓迎」の横断幕
人物は同行した岩瀬さん
張継賢 副所長の談によると、
鳴沙は高さ300m。
最近有名になって人が来るようになり
発音特性が悪くなった。

青銅峡ダム完成により「寒上江南」を達成。

年間降水量200mm砂丘最高温度37度、北西風が強い。

16:00-18:00鳴き砂の山を見にゆく。
途中 「あっ、碾磑だ!」 と王さん。
まさに吉兆、調査成功疑いなし。
50年前製作、6分画の砂岩製下臼、600φ150h棒の付け方は、観世音寺式。 幸先がよい。
南に黄河ありて、豚の浮き舟あり。

鳴き砂山麓までゆき、現地の監視員のおじさんに砂山を特別な方法で下って発音させる方法 を教わった。珍しい方法だが、確かに ウオンウオンと鳴く音 を初めて聴いた。
手をあわせるようにする方法 でも鳴くという。当日はだめだった。

14日:18:00蘭州 (ランチョウ) 沙漠研究所副所長らとともに夕食。
大いにこの調査団に関心を示された。
話が弾み、ウンウンとうなずきながら、詳しく王さんの詳しい説明を聞いて下さった。
王さんが鳴き砂についてよく勉強しているので、黙っていても説明は続く。
最後には調子にのって、
「21世紀は光は東方より、
百年計をタクラマカンの砂で作りたい。」
といってみたら、それはすばらしい! と合意。
砂時計だの鳴き砂などと、
役に立たない研究
をどう思いますか?」
と問うたら、
役に立たない研究こそ 本当は役に立つのだ
中国では国の予算の関係でそうはいかないが、
日本はがんばってくれ!」
15日:6:00起床
8:00-11:30いよいよ観光用の駱駝にのって、鳴き砂山頂上まで上がる。
黄河を見下ろす砂山頂上 鞍の上にあがると、ラクダは長い首を廻してどんな奴かと見る目がかわいい。 しかし砂丘にさしかかると足が砂にめりこんで歩きにくいようだ。
 頂上には 鳴沙鐘 がシンボルとしてあり、これが昔からよく知られた鳴き砂の地であることを示していた。
(注:王さんの書物によると鳴沙塔が中寧県 :チョンニンシェン にあり、 西夏時代建、八角形7層、高さ20mという。是非訪問してみたい。)
観光客用の入場料を取る事務所もあった。
一日1000人来ることも。

鳴き砂山の上には鉄道が通っている。再びラクダに乗って砂山を下りたが、 揺れて落ちそうになる。下に下りて鳴沙部でかすかな鳴き音を録音した。

 中衛文史資料2集1988年刊に当時90才の老翁の記あり「沙坡斗賛」

砂山からおりてから、豚の皮袋の舟で黄河にちょっと出てみた。
先に見た碾磑の持ち主のおじさんを訪ねたが、留守だった。

15日:12:00昼食
15日:14:44中衛発(汽車)
汽車は沙坡斗の上を通る。
鉄道の南側に、沙漠研究所の沙漠との斗いの跡を見る。
15日:17:30再び荒涼たる沙漠が続く。
15日:18:00景泰通過

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蘭 州 (ランチョウ) Lanzhou
15日:21:58蘭州駅着(ここは賑やかな雰囲気)。迎え有り、活気溢れる市場見学。
15日:23:15金城賓館(Jun Cheng Hotel)に落ち着く部屋番号1012
ホテルの室は今までで最も豪華でボーイ、ガールの愛想もよい。
ただしバスに底栓なく催促したが、排水不良で櫛差し込みで解決。
ボツボツ中国食にもはげ山の絶景にも飽きてきた。味噌、醤油、緑茶、
ごはん、梅干、おしんこと日本人2人でこぼしあう。
16日:6:30起床
16日:8:00朝食
16日:9:45中国科学院沙漠研究所会議室で会合、カタログで双方が説明
周 広立副所長、 戴 楓年(鳴き砂研究) ここにも鳴き砂研究者がいた!!
陳 広庭(自然地理)、周 紀侠副所長
沙漠からの国土侵略と国をあげて斗う姿を見た。アメリカ、ソ連、中東、アフリカどこも同じだ。
もはや人類は戦争などやっている時代ではない。中国では基礎研究をやる余裕がない。
日本に期待したいと。今後の直接の研究上の連絡は張 周 紀侠氏へ。
鳴き砂のメカニズムと文献一式送ること約束した。
16日:12:00ホテルに戻り家へTel. 陳さんの美人の奥さん、子供さんと昼食をともに。
昼食のとき歌(羊飼いの歌のレコード中国語、青海民謡)が流れていた。
    美しい笑顔 お日さまのよう
           クリクリ輝く目は お月さまのよう
       羊にでもなって 一緒にいたい
           毎日その鞭で わたしを叩いておくれ
                  (昨日、沙坡斗の駱駝引きの娘を想いだす。)
16日:18:00昼の会合の中国メンバーと夕食。
昨日の沙坡斗同様に話が弾み、タクラマカン一世紀砂時計や、
沙漠の山に大円筒穴を掘って風生鳴沙製造計画の夢も出た。皿が30近くも並ぶ豪華料理。
夜はすこし寒いのでふとんを持ち出して寝た。
17日:7:00起床
17日:10:00車で蘭州を出る。
17日:12:00永清県劉家峡で昼食
回族美人の店できしめんに似た麺を食べる。茶に桂園の実が入っていた。
市場で老人2人がやきいもを売っていた。老人の顔がすばらしいので写真撮影
子供の写真もとったら、サンキューと来た。やきいもを頬張りながら市場散歩。
17日:14:45山岳地帯を横切って車で走って黄河ダム見学
(途中の枯れ川で石ころ採取)
帰途、山に洞穴が多いのが目についたが、それは農地改良のための砂利採取という。
ここで火打石が話題になった。燧セットをもってくるべきだった。
17日:17:00蘭州飛行場前 第一賓館着
トイレ流水バルブ不調、自分で修理して使う。夜寒く隣のベッドの毛布を重ねた。
18日:5:00起床
18日:7:30蘭州飛行場離陸

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