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石臼豆腐はなぜうまい?

 鋼を火打ち石に打ちつけると火花が出る。この瞬間の速度を高速度カメラで測定してみたら、 秒速約5メートルだった。現在の機械豆腐用の臼(グラインダー)の速度はこれよりはるかに大きいから、ぶつかれば火花が出る速度だ。石臼の人力による回転で周速(一秒間の回転数X2πX臼半径)は秒速0.5から一メートルである。この速度を比べると機械豆腐のグラインダーはほぼ十倍にちかい。グラインダーを速く廻すことは火花がでる速度だと考えればよい。水の中で挽く豆腐ならいいだろうとはいかない。瞬時におこる現象だから、水中でも空気中でも同じである。(瞬間的な温度上昇についてはケンブリッジ大学のバウデン教授が巧妙な実験装置で示したことで有名である。)マクロな認識からはとても考えられない局部的温度上昇である。これが豆腐のような生物性のものの変質の主原因である。
石臼の目の機能と日本刀の切れ味
 速度だけではない。石臼には目が刻まれている。目のパターンは8分画と6分画があるが、この差は機能的には差がない。曲線でもよい。この目は粉砕物の送り機構であるとともに、粉砕を継続せずに休み休み行う工夫でもある。続けさまに接触しつづけることを避ける工夫である。
 この話を日本刀の研師に話したところ、刀にも同じ目があるのだという。細かいだけで全く同じだ。それを確かめるために念のため刃の顕微鏡写真を撮ってみてなるほどとわかったものだ。刃裏に斜めに粗磨りの跡がある。それなら試し切りというわけで、ギロチンを作ってもらった。人の首ではなく煙草の葉を切ったのである。いまは生産中止になっているが、刻み煙草の裁刻であった。いまのタバコ産業、当時の専売公社池田工
場で実験した。ふつうの刃物では裁刻中に裁刻した葉が熟をもつが、鋭い刃では殆ど熱が発生しなかったのである。鈍い刃の方はベットリやにがついた。しかも切った葉が切った瞬間に遠くへ飛んだ。これなら首も飛ぶ筈だ。双方の切り方で裁刻した煙草の葉の喫味試験が行なわれたが、専門の試験官が一様に鋭い刃の方を良と判定した。しかしこのような研ぎ方は実作業では無理だった。
 
ふくみの効能
上石と下石の問にはふくみと呼ばれる微妙な隙間がある。これは次第に細かくしてゆく機能と処理量に影響する。一挙に粉砕せず段階的に細かくしてゆく。処理物の粒度に応じて調整される。この種の調整はセラミックスのように硬すぎる材料では非常に困難だ。すり合わせ面上下の石は臼の周縁部分で粉砕物と介して密接触している。粉砕物を介しての接触だから、供給速度が適切であれば、石と石が直接接触して石の粉が混入することはない。このすり合わせは精密を要する。精密機械学会で研究した方が感心したほどであるが、このことは粒が荒くても同じ注意が必要である。最後の仕上げはいわゆる磨り合わせ加工である。実際の処理物を入れて、粉砕して粉の付着状態を観察しながらの調整である。現代の精密機械の精密加工も実はこのすり合わせ加工が、最高とされている。
石材をセラミックスで代用できるか
 人工的なセラミックスなどで代用できないかと考えて、私もグラインダー用の砥石やアルミナ・セラミックスの茶臼を試作したことがある。某抹茶の会社が、有名セラミックス会社と組んで開発を試みた。直径600ミリの臼であった。生産量は十分だったが、どうしても一級品は製造できず、今も低級品製造用になっている。粒度が同じでも、なによりも香りと味が落ちるのである。臼面の温度上昇を宇宙研用という微小サーモカップルを利用して測定した。石とセラミックスの熱伝導度を比較すればセラミックスは熱伝導度が高いのに、セラミックスの臼面が短時間に熱をもつのである。茶磨の場合には二時間位挽くとやはり臼面の温度が上昇するが、人肌の温度以上にはならない。抹茶工場ではしばらく挽いて臼が人肌の温度になった頃が、最上品の製造時だという。これは石の面の微妙な粗面が重要な作用をしているようだ。粗面を記録計を使って調べて見たが、差異を明らかにはできなかった。石材の場合の粗面には石英の微粒子が散在しており、これが鋭利な切断作用をもち、回りにはそれを支える他の粒子があることが重要であろう。

大石臼で能力を出すとしたら
石臼でなければ本物の味を出せないことはまちがいないが、実用となると考え込んでしまう。処理能力が石臼は格段に小さいからだ。回転速度は大きくできないとなれば、処理能力を大きくするには、臼の直経を大きくするしかない。しかしとてつもなく大きくなる。現在世界一の石臼としては小麦製粉用に直径一メートルを超えるものがあるが、上臼だけで一トンを越える。わが国でも直径一メートルを越える石臼が作られた例が無いわけではない。奈良時代に寺院の塗装用朱の湿式粉砕に利用された中国伝来の石臼(碾磑)が、太宰府観世音寺で保存られている。奈良の唐招提寺にもある。しかし長く使った形跡がない。使い物にならなかったらしい。最近石造美術家(植草永生氏)が、これにならって製作した例もある。神奈川県藤野町教育委員会が展示している。たしかに処理能力は抜群だが、遊び用ということか。
豆腐臼
豆腐用の石臼の目は米や蕎麦と違って、少し山が平らになっている。豆腐のようなものを挽くのが主だった九州や沖縄地方でもこの種の目が多かった。臼面を水平ではなく、縦にした処理量が大きい業務用のもあるが、これでは目のすり合わせが出しにくいと思う。石材には伝統的に中位の硬さの花崗岩と砂岩がつかわれている。和歌山県や徳島県にある青みがかった和泉砂岩(撫養石)は最高とされ、東京都の五日市市にある伊奈石も知られている。現在伊奈石の丁場が宅地開発の危険にさらされて、豆腐づくりの里になればと遺跡保存に努力しているグループもある。
今でも石臼挽きにこたわる人があるのはなぜか。蕎麦では蕎麦通という。豆腐通もいてもよい。


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