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理想のコーヒーミルとは(このファイル12kB)    

1. 粉体とは  

 私の専門は粉体工学だが、困ったことに小麦粉を造る仕事に似た仕事かと思われる。おもしろくないから世の中のどんなものでも粉から造るんですよと答えるが、あまりおおげさ過ぎてこんどは解ってもらえない。そこでたとえ話をする。パソコンの印刷用紙を見せて

私「この紙は粉の塊だといってもわかりますか」

相手「ああ木の繊維を作って紙を漉くもんな」

私「それもそうだがふつう30パーセントは炭酸カルシュームの粉ですよ」

相手「ホー、それは石灰(いしばい)だな」

私「石灰石を焼いて水でふかしてから、それに焼いたときの炭酸ガスを吹き込んで、濁った水を濾して乾かして粉にしたものですよ」

相手「なんでそんな回り道するんや。石を粉にすればええじゃん」

私「インキが滲まないために特別な形状をもった粒子の炭酸カルシューム粉末がいるんですよ。粒子設計といってそれは電子顕微鏡があってはじめてわかったことですよ」

相手「すこしばかりわかってきた、それが粉のハイテクか」 

私「そういえば車のタイヤも最近までゴムのなかに炭酸カルシューム粉末が入っていたんですよ。これにも粉メーカーの涙ぐましい努力があったんです。」

相手「なるほど。要するに現代文明の骨格なんだ」

私「そうそう」

2. 電動コーヒーミルはモノグサ向き 

 現代生活様式の基本的指導原理のひとつは「便利さ」、裏がえせば物臭指向。会社では経済性とスピード。単身赴任社員には目覚し時計つきのコーヒーメーカーが、大うけするそうだ。そこでコーヒーメーカーの新聞広告には「新入社の諸君へ。ビジネスマンの朝はキビシイゾ。朝一杯のコーヒー(もちろんインスタント)を飲むゆとり。この習慣が身につけば、まず遅刻なんか心配ない」。朝飯抜きで会社へかけこむスタミナレス新入社員を迎える会社への思いやりにあふれている。  

 こんな物臭太郎時代にひとつの不思議がある。家庭の必須道具リストから、石臼をはじめ各種の粉砕用具が消えて久しいのに、手挽きのコーヒーミルだけがブームを呼んでいるのはなぜか。その理由は次の三つ。第一にコーヒーは挽くとき、コーヒーメークのとき、そして飲むときの三段階で香りを楽しむもの。コーヒー店に挽くときの香りを残してくるのは、いかにも惜しい。第二に、小麦や米などとちがい、コーヒーミルは小型で、構造が簡単で発塵もない。第三に、しゃれたデザインのミルが市販されていて、使わないでも装飾価値十分だ。そして値段も手頃だ。

3. 高速粉砕はなぜコーヒーをまずくするか

 ある新聞の新製品紹介欄で「風味と香りをいかす挽きうす式」という見出しで「このミルで挽いたコーヒーは香りと風味をそっくりそのまま保っています。、、、、、、、、、その理由は摩擦熱が発生しない挽きうす式を採用しているからです」とあった。どこかで聞いた話だ。さっそく購入してみた。卓上型電動コーヒーミルである。確かに挽きうすの形をした直径三センチ程のカーボランダムか溶融アルミナ製砥石車(臼)がある。確かに石臼と同じ8分画の目だ。これが毎分数千回転するから、周速(臼の周囲の回転速度)は毎秒10メートルに近い。手挽きの石臼は低速回転で、周速は速くても毎秒一メートルだから摩擦熱は発生しても僅かである。

 ところがその十倍以上の速さで摩擦熱が出ない筈がない。でもこのミル・メーカーの能書きに偽りはない。なぜなら、よく読み直してみると、形容句は「挽きうす式」にかかっており、手挽き臼に関する一般論だ。このミルで摩擦熱が出ないとは書いてない。よくある例だが、紛らわしい宣伝文句の例だ。そのあと、有名な電機メーカーからもこの種の紛らわしい物臭向き「石うす式ミル」が発売され、勘ちがいして買った人が多い。モータ直結型の高速電動ミルは、極微粉が多量に発生し、ミル内部に付着して、容易に掃除もできない構造になっている。日が経つとこれが酸敗し、次に挽くときに混入して味を落とし、第一人体にも有害だ。  このことは、よく見かける喫茶店備付のミルや、コーヒー店で挽いてくれる電動ミルも同様だ。手挽きしない物臭コーヒー店は敬遠するにかぎる。

 高島君子著『世界のコーヒー専科』(大衆書店刊、昭和55)にはコーヒー粉砕の三つの条件のひとつとして「銀皮(種皮)や胚乳の混入は、いれたコーヒー液に渋味を出させる原因となりますから、これも除去しなければなりません」とある。  また「微粉末は捨ててください」とある。ためしに銀皮と微粉末を浸出して飲んでみた。苦くて渋くて酸味あり、これが味をわるくする元凶だ。これを除く器具はなぜか市販されていない。この器具を秘伝にしているコーヒー専門店もある。店の裏で極秘にやっている。この話を聞いて確認た人もいる。

アラビアの木臼(アートコーヒー社長蔵の骨董品から筆者が欅で模造したもの

 

 私は親類の男にアラビア風木臼を欅の木でつくってもらった。ゆっくり搗き壊したものを、静電分離、それに電磁篩を組合せた装置で、シュガーレスのブラックコーヒーを試してみた。これぞわが反物臭党の秘伝である。簡単には扇風機の前に吹き飛んだ銀皮や微粉を受けるための新聞紙を敷いて風の強さを加減すれば分離できる。静電分離にはビニール製の下敷きに静電気を起こす方法が利用できる。「わしはコーヒーは大嫌いじゃ」とがんばる老人にこれをすすめたら、本気で娘にコーヒー豆と買ってこさせてやってみて、「オーツこれはいける」。そのご毎日コーヒーを所望するようになったと娘から聞いた。

4. コーヒーは日本刀で切るのが最高 

 コーヒー製造会社のミルの秘密はコーヒー専用のルページュ・ロールである。

ルページュ・ロールミルLePage crrugation roll mill

たがいに垂直にかみ合う鋭い刃をもったロールの溝でカッティングされ,発熱を防いでいる。この秘密は要するにコーヒー豆はつぶすのではなく、カッティングすなわち鋭い刃で切 ることである。これを手挽き用につくればよいが高価になって買い手がない。それなら「日本刀で切れば最高だよ」とは大コーヒー会社社長の言であった。  

 この話を日本刀の研師に話したところ、刀にも石臼と同じ目があるのだという。石臼の目は休み休み切ってゆく機構である。それを確かめるために念のため刃の顕微鏡写真を撮ってみてなるほどとわかった。刃裏に斜めに粗磨りの跡がある。まさに目に見えない石臼の目である。

ギロチン(タバコ用)に作った刃の顕微鏡写真

 それなら試し切りというわけで、ギロチン(葉たばこ刻み用の刃をギロチンと呼ぶ)を作ってもらった。研師に丁寧に研いでもらった。幅50cmほどあるからまさにギロチン。人の首ではなく煙草の葉を切ったのである。いまは生産中止になっているが、刻み煙草の裁刻である。当時の専売公社池田工場(徳島県)で実験した。ふつうの刃物では裁刻中に裁刻した葉が熱をもつ。そのため人手でほぐす作業が必要だ。ところが粗磨りした鋭い刃では殆ど熱が発生しなかった。しかも切った葉が切った瞬間に遠くへ飛んだ。これなら首も飛ぶ筈だ。

 双方の切り方で裁刻した煙草の葉の喫味試験が行なわれたが、専門の試験官が一様に鋭い刃の方を良と判定した。しかしこのような研ぎ方は実作業では無理だ。

 鋼を火打ち石に打ちつけると火花が出る。この瞬間の速度を高速度カメラで測定してみたら、秒速約5メートルであった。現在の高速粉砕機の速度はこれよりはるかに大きいから、ぶつかれば火花が出る。この火花を火口一ほくち)に受ければ炎を出すことができる。石と石とを打ちっけても火花がでるが、炎を出すことはできない。スーッと流星のように燃え尽きる。鉄なら酸化して燃えあがり、これが火口という燃えやすい炭状のものに燃え移って大きい火になる。火口には艾(もぐさ)を焼いたものがよい。私はそれを中国の敦煌の骨董屋で見つけた火口から学んだ。

 良質の艾の製造工場は伊吹山麓にあるが,そこでは今も石臼で粉砕している。もぐさは乾燥した蓬の繊維質部をとりだしたものである。このとき高速粉砕すると、繊維質が微粉になってしまう。鈍刀でも速く振れば切れる道理だ。食品は石臼でなければだめだという説明のために、私は火打ち道具の三点セット(火打ち金、燧石、火口)を利用する。

5. なぜ石臼はゆっくり回さなければいけないか-摩擦熱とは

 上記をもっと厳密に摩擦熱の発生メカニズムを解明した研究がある。実験は測定のため金属を用いているが、非金属の石でも同じだ。以下で金属面は石面に置き換えて考えればよい。1938年、ケンブリッジ大学のバゥデン教授は巧妙な測定装置をつくり、二つの金属の摩擦面における瞬間的温度上昇を熱電位差によって測定し、驚くべき結果を発表した。「ふつうの速度と荷重の条件であっても、金属表面は局部的に、摂氏500-1000度という高温度が発生する。しかしこんな高温になっている様子はどこにも見えない。金属全体は一見全く冷たいままである。加熱のはげしいところは、実際に摩擦している薄い層に限られていることは明らかである」と。  ガラスや絹のような熱の不良導体では、もっと高い温度になることも指摘している。

 以上のことを、これでもか、これでもかとばかりの実証データを掲げて、いろいろな角度から詳細に検討した結果は、バウデン、ティバー著、曾因範完訳『固体の摩擦と潤滑』(丸善、1961)に書かれている。  日常生活では当然のことと思っている摩擦現象だが、マクロな認識からはとても考えられない局部的温度上昇がある。このことをバウデンは固体と固体の接触面のミクロ構造から、次のように説明している。すなわち、どんなに注意深く磨いた面でも、分子の大きさに比べればかなり大きな凹凸がある。これら二つの固体を重ね合わせれば、お互いの凸部で支えられるから、ほんとうに接触している面積(真実接触面積)は、見かけの接触面積に比べればきわめて小さい。電子顕微鏡や電気的方法で測定すると、真実接触面積は、見かけの接触面積の何百分の一、あるいは何十万分の一という値になる。  尖ったハイヒールの先端で踏みつけられれば、相手がたとえ美人でも、大の男の目玉から火が出るが、固体摩擦はその比ではない。100グラムの荷重で秒速一メートルというような、軽いすべりが起こっても、真実接触部ではものすごい圧力下で動くから、当然の結果として高温が発生する。

6. もう一つの証拠

 ガラスのような固体では局部的、瞬間的に融解し、直ちに凝固して、真実接触部では凝着が起こる現象がある。「固体の摩擦は表面の凹凸が原因で起こるのではなくて、凸部の先端で凝着が起こり、これをひきちぎるに要する力が摩擦力であるという「凝着摩擦説」はこうして築かれ、現代の摩擦、潤滑、研摩理論の基礎となっている。 研摩では一ミクロン程度の傷も許されないカメラのレンズの光学的研摩面は精密なものの代表である。球面の真球度が一ミクロン以下という高精度のレンズ加工は、まずヵツプ(円筒)形のダイヤモンド砥石(ブロンズボンド)によるレンズ球面創成加工(CG加工)で曲面をつくることに始まる。次は「砂かけ(スムージング)」と称し、鋳鉄製の皿(ラップ皿)と遊離砥粒(粉体のまま)で水をかけながら磨く。砥粒は炭化珪素砥粒を主とし、粗い砥粒からしだいに細かくしていって、最後は2100番の砥粒をつかう。  こうして曲率半径が十分、設計値に近づいた粗面を、最後に光学的研摩面に仕上げる。従来は鋳鉄かアルミの磨き台皿にピッチを2-5ミリ位、はりつけたものを磨き皿とし、水と圧力をかけながら酸化セリウム粉末で磨いた。最近はピッチの代わりに発泡ポリウレタン・シートが用いられ圧力も高くなっている。このポリシングのさい、砥粒とレンズ面の接触点では局部的な高温が発生し、レンズの表面で局部的な軟化、融解、表面流動が起こり、こういう過程が積み重なった結果として、レンズの鏡面仕上げが完成する。

「ナールホド」

7. 石臼は単なる粉砕機械ではない  

 古い道具は幾つかの機能が重なっているが、現代の機械類は単機能である。

 粉砕メカニズムには圧縮、打撃、剪断、切断の4つの作用があるが、搗き臼は切断以外の3つの機能を兼ね供えている。市販のコーヒーミルは打撃だけだ。家庭用ミキサーや現在の豆腐屋が広く使っているグラインダーは高速だけでなく、機能的にも打撃のみを行う単機能であるため、昔の石臼とは違う豆腐を作り出している。私は石臼の民具学的調査研究から石臼は主な粉砕機能は剪断であり、さらに混練機能も兼ね備えていることを指摘した。 それに基づき日本臼類学会をネット上http://www.bigai.ne.jp/~miwa/に立ち上げ、同時にネットの弊害を避けるためにman to manの交流をめざして、全国規模のシンポジウムを温泉津(島根県)、湯布院(大分県)、利賀村(富山県)、大垣-養老(岐阜県)、そして白峰村(石川県)、来年は仙台(宮城県)で開催を続けている。

6. 理想のコーヒーミルとは?

 コーヒーは切断だけがもっともいいから、LePage crrugationはそれである。それを聞いたある超硬合金で刃物を作っている会社の社長が超硬合金で作った鋭い刃の手挽きコーヒーミルを石臼ムードで作ったことがある。10個作ったのでその1台を私のところへ持ってきた。理想をすべて満足しているので挽いたコーヒーの味はgoodだった。

 フランスに留学して帰った某教授が「なぜか日本にはフランスのような味がない」という。そこで超硬合金のミルを貸したところ気に入ってしまった。なかなか返してくれない。「もチョット、もチョット」。私が業を煮やして「10万円だせ」と言ったらようやく返って来た。そんなによいのだが、10万円ではトテモじゃない。この機械を作った社長に後日談を聞いたらアメリカ人を騙して全部処分したと。「めでたしめでたし」。  現代のような余裕のないミミッチイ経済社会に本物は生きにくい。余裕ある21世紀に期待したい。(雑誌サライ記事より)

読者からのメール:とつぜんで、恐縮です。 「サライ」別冊 『珈琲』に 三輪先生のミルのお話が大変参考になりました。 と同時に、ネット上の「日本臼類学会」も参考になりました。 私は、自家焙煎 珈琲の店を23年あまり、続けていますが、 コーヒーミルはなかなか良いものがありません。 現在、使っているのは、イタリア製のミネルバ、スイス製のディッティングを 使用していますが、どちらも、微粉が思いより多く、困っています。 といいますのは、ふつうの100ccのコーヒーはそんなに問題はないのですが、 デミタスコーヒーで 1杯50ccで濃厚でピュアなコーヒーを作ろうと思うと あまりにも、微粉が多く困っています。 三輪先生のミルのお話に出てきます、超硬合金の刃を付けた手挽きミルは もう、入手不可能でしょうか。お知らせいただければ幸いです。 そして、「コーヒーのプロが使うミル、コーヒー専用のルページュ・ロール という機械」 これは、初めて聞きますが、どんな機械ですか、 「グラニュレーター」のようなものですか、教えて下さい。 お忙しいところ、よろしくお願いします。

お答え:コーヒーの店 マキシム 様  (広島市)

 HP見ていただいてうれしいです。 「サライ」別冊 『珈琲』の内容がそっくり私のHPに出ています。探しにくいので最近600字以内の入口を設けてあります。それに入りやすくしましたのでご覧下さい。  今年は日本臼類学会は8月18-19日に仙台で開催予定です。ミチノクでもやれと東北大学で準備中です。 よろしく

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