一種の粉、火口の製法を追ってゆくと火口(tinder)と火薬(gun powder)は本質的に同じ物で、火薬の発明とそれを造る道具、石臼にゆきつく。ここに私の専門、粉体工学と石臼との架け橋がある。火口には無数の原料があるが、最高品質の火口原料は蓬の葉の繊維を破壊せず葉肉だけを石臼により選別粉砕したお灸の艾であった。この事実は中国の敦煌で入手した道具に残された少量の火口から発見した。その品質評価は粒度測定に関わるのだが、市場にない技術が必要であった。ここにも面倒なものは総て切り捨てて進む現代技術の盲点があるように思う。切り捨てられた部分の正確な記録は未来技術の温床なのである。(艾は戦争中もまた現在も医療用外の極秘用途に結びついて詳細は記述できない。)
もぐさの火口を使った発火方法:火打金は現在ではカッターの古刃が利用できる。非常に発火性がよい。往時の侍は太刀に家伝の燧袋をつけていた。ヤマトタケルの故事にあやかったというが,非常時に役立つ携帯品だった。 飛行機に乗るときは説明が大変で,あるとき危険視されて検査室へ同行された。しかし私は常時携帯している。これは筆者の専売特許のようになっているが,昔一遍上人がやっていたのと同じだと思っている。昔の火打金よりもはるかに着火しやすいからやる気があれば誰でも実行できる。一遍上人はこのやり方でサッと火をつけたから,聖(火知り)といわれた。現代では私がヒジリだ。ひとたび下の絵のように火がつけばあとは炎にするのはなんでもない。講演会場の演台で実演してみせると,遠くからもかすかにあがる煙を見てオーッと声があがる。人類がはじめて火を発見したときの感激がよみがえったみたい。
火口は火打石の角から約1ミリ後退させて左手の親指をかぶせるように押さえる。(さもないと大切な火口が飛び散る)。火打金は秒速度約5メートルが必要。コツは火打金を火打石の鋭い刃で削る気持ちでやること。この瞬間に鋼鉄が削りとられ,微小な鉄粉が生成し摩擦熱で発火燃焼する。この時燃えるのは鉄であって石ではない。したがって石と石とがぶつかって出る火は流星のようにスーッときえ,絶対に発火にいたらない。
この実演はいままで東京でも大阪でも京都でも,いろいろな学会で実演したが,異議をとなえる人はいなかった。もぐさはどれでもよいわけではない。伊吹もぐさの良質のものを選ぶ必要がある。もぐさのままでも火はつくが,炭に焼いた方がよい。現代的方法なら簡単にアルミ箔に包んでガスコンロの上にかざして生焼きにすると着火性がよい。さらに着火性を高めるには,硝酸カリウムの0.01%溶液に浸して乾燥させると1発着火可能である。ここでなるほどと気がつく。炭と硝酸カリウムなら火薬の一歩前だ。一遍上人は縁の下から取った小便塩をひとつまみいれて乾燥させていたのだ。小便塩がなぜ硝酸カリウムかは水神様の仕業だが,平成10年代の日本ではもう水神様のごりやくは期待できないから硝酸カリウムを薬屋から買ってこなければならない。不便な時代になったものだ。
注: 古来蒲,すすきの穂,黍や麻の茎,朽ち木や茸など,綿や厚紙をほぐしたものの炭化物が民間で利用され,現在でも商品化されているが,性能はよくない。火打金はショアー硬度88程度がよい。硬すぎると火が小さくなりすぎる。使い古しのカッター利用で十分。