水中鳴き砂(蛙砂) |
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謎の一直線の空白を埋めるもう一つの発見は、
意外なことに海岸線ではなく、奥深い山の中だった。
新潟・福島・山形三県にまたがり、三方から望める霊峰 飯豊山(いいでさん)。 ここは、宮城県の十八鳴浜と、日本海側の角海浜を結ぶ中間地点だ。
山形県西置賜郡飯豊町遅谷(米沢市西方、約40キロ)で、たぐい稀なる白砂が発見されていることを、
珪砂開発に携わっていた、知人の 故嶋岡舜一氏(埼玉県在住)から聞き、
その調査を担当した、地質調査所の井上秀雄氏の調査報告書と砂のサンプルを入手した。
さて、こうして完全に洗浄した遅谷の白砂を顕微鏡で観察する。
なんとそれは、クリスタルガラスを想わせる美しさで、一点の曇りもない。
さすが太古の白砂。 「やった。太古の白砂が歌ったぞ」アルキメデスが裸で風呂からとび出したときのように、私は実験室をとび出して、学生たちを集めた。 「人跡未踏、人類出現以前の地層から発見された白砂が、いま、人類誕生時代の歌を歌っているんだ」地質調査結果によると、この砂層は新第三紀層・鮮新世の地層(鮮新統高峰夾炭層) の比較的上部に発達している。 その頃の日本海はまだ湖のような姿だった。 この砂はその湖岸に堆積し、激しい北風にさらされながら、波と風のカによって、 この美しい形の砂粒に造形されたのであろうか。 晴れた日、乾いた砂の上を歩行した動物たちは、サンドミュージック・コンサートを楽しんだに違いない。 教室でも、100人をこえる学生たちのまえで、この「太古の歌」を実演した。 その日のことを、ある学生はレポートにこう書いていた。 「この砂の上で怪獣たちがサンドミュージックを楽しんだのかも知れないと、先生は冗談をいった。 みんな笑ったが、私はほんとうかも知れないと思われて、笑えなかった。 その音はいかにも不思議な、地球の音だった。そして、そんなロマンを追う、先生がうらやましい」 この太古の白砂が眠る遅谷を、私はこの目で確かめたくなった。 1981年11月3日朝米沢駅に到着し、タクシーを拾った。飯豊行きのバスは一日に二本しか出ていない。 「飯豊町まで」というと、 「飯豊だべか?こ〜ら、大変だあ!」車は中郡、玉庭、中程、高野沢、須郷、十四郷荘、数馬を経て遅谷へ向かった。 このコースが最短コースだが、途中で工事中の箇所があり、今日は通行止めだという。 「なんとかなるベ」と、標識を無視して進んだが、菅沼峠のあたりに来ると、たった今、 ブルドーザーが活動を開始したばかりで、崖の上から土砂が道路いっぱいに拡がっていた。 「さあ、どうすっぺ」ここから引き返すとなると、優に一時間以上も遠回りしなければならない。 運転手は車を降りて、行く手を塞ぐ土砂をしばらく見つめていたが、 やがて崖の上のブルドーザーに向かって大声をはりあげ、手真似した。 「こうやって俺が手で土砂をよけて通るから、ちょっとの間、まってくれんか?」という合図だ。 「勝手にしろ」という合図がブルから返ってくると、運転手は、手で大きな土塊をよけはじめた。 私も素手の道づくりを手伝って、やっとのことで通過できた。 もう一分間遅かったら、私はこの日の日程を大幅に変える必要があったに違いない。 杓子定規ではない工事による交通規制と運転手の配慮が、なんともうれしく、 思いがけぬ旅の楽しさを味わった。 あらかじめ、町役場にこの日の訪問の趣旨が説明してあったので、遅谷の有力者、 伊藤良平氏宅に話が通じており、町の婦人会長を務めた奥さんが、現地を案内してくださった。 10年ほど前、日本珪砂工業が遅谷珪砂の開発に着手したが、その後、川鉄鉱業に鉱山権が転売された。 しかし、地上権につき契約書の上で問題があり、目下裁判中。 開発は中断し、現地には川鉄鉱業の留守事務所が古い民家に置かれているのみ。 現地にはあちこちに試掘の跡が見られた。 奥さんの話によると、 「うちの田んぼを掘ったとき、まっ白い砂が出ました。それはそれはきれいでした」鉱床は越戸沢川床に露出しているので、この小川に洗い出された砂粒は格別美しい。 顕微鏡で見れば 翡翠(ひすい) あり、瑪瑙(めのう) あり、 蛋白石あり、その美しさに私は、御伽の国の砂(おとぎのくにのすな)のようだと思った。
500万年の歳月とは、地質学者は気が遠くなるような年代の話をするから、素人には実感がわかないが、 まず地質年代表を眺めてみるのがよい(私のテープ年表のアイデアはこの時生まれた)。 「珪砂鉱床は、緑色凝灰岩(洗尾累層)の上位にある第三系中の高峰夾炭層中に発達した層状鉱床で、 上部鉱床と下部鉱床からなっている。日本列島が上図のような姿だったころ、このあたりには広大な浜辺があったのであろうか。 現在の砂の層は、砂60-80%、粘土20-40%から成り、ポロポロだから、水に入れると簡単に崩れ、 粘土は洗い出すことができる。報告書によると、 「珪砂は主として丸い石英粒からなり、 カリ長石、斜長石、クリストバライト、重鉱物類および岩石破片からなっている。 粘土鉱物はメタハロイサイト、ハロイサイトが主で、少量のモンモリロン石から成っている」とある。石英砂の粒子が著しく丸くなっており、その生成に要した年月は想像を絶する。 |