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鈴木俊平著『風船爆弾』(新潮社,1980)900円

上記著書5ページより以下抜粋。

 「日本の晩秋から冬期にかぎって、上空8000メートルから12000メートルの高度に、強烈な西風が吹いた。西風は太平洋を横断して時速200キロメートルを超え、最も速い日は時速300キロの猛スピードで吹き続く。確実に風はアメリカへ向かって行く。」

アメリカの驚き 

 球皮は良質の日本紙と蒟蒻糊で薄い合成皮革のように仕上げられ、防湿度も気密度も高いうえ、目方が軽くできる。

 「直径10メールのこいつを、もし直径19メー-ルにしたなら、人間をゴンドラに乗せて合衆国へ運搬できる」直径19メートル気球なら高度一万メートルで重さ1200キログラムを運べる。バラスト必要量は600キログラム、人間の体重と生命保持器材一切で300キログラムとしても、なお300キログラムの懸吊が可能である。科学者達の計算にもとづく報告を受け、軍当局の上層部は表情を硬ばらせた。完全防寒服や酸素呼吸器をゴンドラに装備した日本軍肉弾突撃隊の姿を想像したからである。特攻機による体当りの艦船攻撃ばかりでなく、南方、北方の諸島における日本軍将兵達の玉砕攻撃で手を焼き、にがり切っているアメリカ軍の上層部は、警戒を強化した。「日本人は、何を仕出かすか判らない」土地も資源も弱小だが、その国民性は底知れず強靱でまるで奇術師のよう老獪さと不撓不屈の精神を武器にしてあらゆる知恵をしぼり出してくる。賢明な頭脳と愚直なほどの勤勉さを一丸にしてぶつかってぐる日本および日本人というものに、かれらは神秘な無気味さをあらためて抱いた。原始的材料による風船製作の器用さ、上層気流に合わせた高度保持装置の精密さによる太平洋横断攻撃は、科学史、軍事史、世界史のうえからも瞠目すべき画期的出来事だった。学者達はあきれ果てながら驚嘆しているのみである。しかし軍当局は、アメリカ本土に風船爆弾がこれ以上到達する前に西海岸沖の高空で新兵器を撃ち落さなければならない。

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