デイリーフード誌,1993.4. 記事復刻 (11kB文書)

 石臼かグラインダー

         三輪茂雄

図4(a) 京都の伝統職人が作った白川石製豆腐臼(新品)と目立て道具

 気軽に原稿を引き受けたが、デイリーフード誌を開いてみると、大豆の付加価値をクリエートする先進企業の情報誌とある。豆腐には完全に門外漢だから、私の出番ではないような気がしたが、石臼とグラインダーとなれば、私はかつてグラインダーの原料になるカーボランダムやアランダムの製造会社にいて、製造技術担当だったわけだし、大学に来てからは石臼に憑かれて、日本全国から韓国、中国までとびまわった人間である。「石臼の謎」や「石臼探訪」に豆腐の講釈も書いている。としても関係ないとは言ってはいられないと、すこし見当違いかも知れないが、先進とは何かは別 にして石臼研究とグラインダーの見地から考えてみたことを紹介することにしよう。

石臼研究のスタート点

 大学へ来るまえは、カーボランダムやアランダム、ダイヤモンドなどの硬いものを粉にする仕事一粉砕とふるい分けが専門)だった。大学にきてから、まず驚かされたのは、友禅染に使う糊用の糯米を挽くのに最新式粉砕機械が導入されたとき、老舗の糊屋さんから聞いたショッキングな話だった。1973年のことである。「もううちだけになった石臼でしたが、これでは商売にならんので、機械にしました。しかし高級友禅染のばあい、ある種の細い線や縁は、石臼の粉でないとでまへんのや」といった主人の話は私の脳天をおびやかした。「なぜ最新式の機械ではだめなのか」。一この臼はそっくり大学で保存していつでも運転できる状態にある。それから約二十年たった今でも京都には宇治に石臼が現役で何百台も抹茶製造に実稼働しており、絵の具の原料になる胡粉(ごふん)の製造工場でも石臼が動いている。胡粉も貝(天然牡蠣)が原料だからだ。蕎麦製粉でも石臼の粉が老舗の常識になっていることを知ると、これは追求しなければならない課題をもっているのだ。もっと驚いたのは、抹茶工場や胡粉工場には最新式の機械が既に入っていた。いくつかの先進的粉砕機械メーカーが挑戦した。そしてお蔵入り。「これは博物館ですわ」と。既に研究済なのである。これは現在でも変わらない。これは単なるコダワリなどではないのである。

高速回転と低速回転

「速くまわしてはあきまへん」なぜ。「熱がでますし、繊維が切れまっしゃろ」。確かに石のようなものだったら、細かくなればいいが、植物質ではそこが最大の問題になるのだ。熱が出て変質し、繊維が切れる。繊維が切れることについてはもう一つ、顕著な例が現れた。お灸につかうもぐさである。一このことは後でのべることにする)。「石臼芸より茶磨芸」という古諺があることを知った。「石臼は作れても茶磨はつくれない」転じて「どんな芸もこなすが、ものに成らないのを石臼芸」ともいうとあった。茶磨を知らずして石臼を論ずるな、とも言われた。そごて私は宇治に住まいを構えて茶磨の秘伝を学ぶことになった。一「同門誌」)その詳細はさておいて、茶磨は石臼からスタートして特殊な目的を究極まで追求した傑作であることだ。かの千利休の時代に武家の支えを得て、中国伝来の茶磨から、日本独自の高度の性能を発揮するに至ったのであった。 図1は茶磨の原理図であある。  石臼と違う点は供給口が真ん中にあることだが、これはできる粉の性質を左右する要因ではない。

図2 リンズによる心棒受(なぜか西洋式?)

図2はリンズといって心棒を金具で受ける方式で、豆腐臼でもよく見かける。  最大の要点の一つは「ふくみ」という中央部の空隙である〔powder/j_chausukozo.html)。つぎは周縁部の摺りあわせ部分の精度である。中央部の空隙は供給速度を支配し、摺りあわせは味と香りを決定的に左右する。これは茶を挽きながら直ちに判断できる。これはその他の物よりもはるかにたやすい。これが抹茶をここまで洗練させた秘密であろう。豆腐のようにその他の要因がからむと判断は容易ではないが、茶磨は出来た粉から直ちに結果 を判断できるから石臼の機能を理解することができるのである。豆腐では原料大豆、水、にがり、調理方など複雑にからみ、値段も保存性もと、判断の基準が多くて容易ではない。そこで判断の基準がわかり易い抹茶を例に述べることにするが、基本は同じである。

処理 能力と周速について

   石臼の人力による回転で周速(1秒間の回転数×2π×臼半径)は秒速0.5から1メートルである。この速度を比べるとグラインダーはほぼ十倍にちかいとみて、毎秒5から10メートルに達する。この速度は、何を意味するかと、ひとつの例として後でのべる火打ちが参考になる。石に鋼をぶつけてみる。秒速1メートルでは火は出ないが、5メートルを越えると火花がでる。すなわち石臼を速く廻すことは火花がでる速度だと考えればよい。水の中で挽く豆腐ならいいだろうとはいかない。前述の胡粉は水挽きである。瞬時におこる現象だから、水中でも空気中でもおなじと考えるほかない。瞬間的な温度上昇についてはケンブリッジ大学のバウデン教授が巧妙な実験装置で示したことで有名である。マクロな認識からはとても考えられない局部的温度上昇である。これが生物性のものの変質の主原因である。

  石臼の目の機能

 石臼には図3のような目が刻まれている。目のバターンは8分画と6分画があるが、この差は機能的には差がない。曲線でもよい。この目は粉砕物の送り機構であるとともに粉砕を継続せずに休み休み行う工夫でもある。この話を日本刀の研師に話したところ、刀にも同じ目があるのだという。細かいだけで全く同じだ。それを確かめるために念のため刃の顕微鏡写 真を撮ってみてなるほどとわかったものだ。刃裏に斜めに粗磨りの跡がある。それなら試し切りというわけで、ギロチンを作ってもらった。人の首ではなく煙草の葉を切ったのである。いまは生産中止になっているが、刻み煙草の裁刻である。いまのタバコ産業、当時の専売公社池田工場で実験した。ふつうの刃物では裁刻中に裁刻した葉が熱をもつが、鋭い刃では殆ど熱が発生しなかったのである。しかも切った葉が切った瞬間に遠くへ飛んだ。これなら首も飛ぶ筈だ。双方の切り方で裁刻した煙草の葉の喫味試験が行なわれたが、専門の試験官が一様に鋭い刃の方を良と判定した。しかしこのような研ぎ方は実作業では無理である。先に火打ちのことに触れたが、鋼を火打ち石に打ちつけると火花が出る。この瞬間の速度を高速度カメラで測定してみたら、秒速約5メートルであった。現在のグラインダーの速度はこれよりはるかに大きいから、ぶつかれば火花が出る速度だ。この火花を火口(ほくち)に受けて炎を出すことができる。石と石とを打ちつけても火花がでるが、炎を出すことはできない。必ず火口という燃えやすい炭状のものがいる。これに先述のもぐさを焼いたものがよい。良質のもぐさを探して、伊吹のもぐさ製造工場を訪問したことがある。そこでも石臼で粉砕していた。  最近この火打ちの技を知っているひとはほとんどいなくなったので、もう少し余談になるが、記さないと、ご理解ねがえないと思うが、民具マンスリーという刊行物や、表千家の「同門」誌に詳しく紹介した。火口の歴史を調べると、もぐさがもっとも性能がよかったらしい。私は試作を繰り返して、良質のもぐさを選ぶのに苦心した。質がわるいもぐさは粉になって使いものにならない。季節と産地を吟味した蓬(よもぎ)の葉を乾燥してから、石臼で粉砕し、葉肉部分を完全に風扇で除去したものが必要だ。これが完成したおかげで私はガスライターから火打ちに変えることができた。

  ふくみの機能

 上石と下石の間にはふくみと呼ばれる微妙な隙間がある。これは次第に細かくしてゆく機能と処理量 に影響する。一挙に粉砕せず段階的に細かくしてゆく。処理物の粒度に応じて調整される。この種の調整はセラミックのように硬すぎる材料では非常に困難だった。

  すり合わせ面

 上下の石は臼の周縁部分で茶の葉(確茶)を介して密接触している。これは実際には粉砕物を介しての接触だから、供給速度が適切であれば、石と石が直接接触することはない。数ミクロンという微粉を造る抹茶では、このすり合わせは実に精密を要する。精密機械学会で研究した方が感心したほどであるが、このことは粒が荒くても同じ注意が必要である。最後の仕上げは, いわゆる磨り合わせ加工である。実際の処理物を入れて、粉砕して粉の付着状態を観察しながらの調整である。現代の精密機械の精密加工も実はこのすり合わせ加工が、最高とされている。

石材をセラミックで代用できるか

 ところでこの茶磨を石(輝緑岩など)でなく、人工的なセラミックスなどで代用できないかと考えて、私もグラインダー用の砥石やアルミナ・セラミックスで試作を試みたことがある。宇治ではない,某抹茶の社長が、有名会社と結んで開発を試みた。直径600ミリの臼であった。だが生産量 は十分だったが、どうしても一級品は製造できず、今も低級品製造用になっている。粒度が同じでも、なによりも香りと味が落ちるのである。臼面 の温度上昇を宇宙研用という微小サーモカップルを利用して測定した。石とセラミックスの熱伝導度を比較すればセラミックスは熱伝導度が高いのに、セラミックスの臼面 が短時間に熱をもつのである。茶磨の場合には1時間位挽くと,やはり臼面の温度が上昇するが、人肌の温度以上にはならない。丁度これくらいの温度のときが、もっともよい抹茶が挽けるのでこの頃を見計らって、最高品質の抹茶を挽くのである。抹茶の粒度はほぼ10ミクロン程度である。この細かさは、丁度細胞膜を破る最小限の粒度という。このことは生命科学研究所の某教授が、苔の乾燥物を茶磨で挽いて遺伝子を集めるときに確認されたことであった。その教授は「古人はこの限界を勘であてている」と舌を巻かれたものである。これは石の面 の微妙な粗面が重要な作用をしているようだ。粗面を記録計を使って調べて見たが、差異を明らかにはできなかった。石材の場合の粗面 には石英の微粒子が散在しており、これが鋭利な切断作用をもち、回りにはそれを支える他の粒子があることが重要であろう。

石臼で能力を出すとしたら

 石臼でなければ本物の味を出せないことはまちがいないが、実用となると考え込んでしまう。第一処理能力が石臼は格段に小さい。処理能力を大きくするには、回転速度は大きくできないから、臼の直径を大きくすればよいが、とてつもなく大きくなる。現在世界一の石臼としては小麦製粉用に直径2メートルのものがあるが、上日重量 だけで一トンを越える。わが国でも直径1メートルを越える石臼が作られた例がない訳ではない。奈良時代に寺院の塗装用朱の湿式粉砕に利用された中国伝来の石臼(碾磑てんがい)と呼ぶものが、太宰府観世音寺で保存されている。最近、ある石造美術家一植草永生氏が、これにならって製作した例もある。神奈川県藤野町教育委員会が展示している。たしかに処理能力は抜群だが、遊び用ということか。

豆腐臼  

図5 自家製豆腐臼

図4b 天草の豆腐臼(石は栖本石)

 豆腐用の石臼の目は米や蕎麦用と違って、少し山が平らになっている。図4に示す。豆腐のようなものを挽くのが主だった九州や沖縄地方でもこの種の目が多かった。臼面 を水平では/なく、縦にした業務用のもあるが、これでは目の摺りあわせが出しにくいし、石の重量 がかからないので混練作用がない。処理量が大きくできるので普及したようだ。石材には伝統的にある種の花岡岩と砂岩が使われている。青みがかった砂岩に和歌山県や徳島県にある和泉砂岩(撫養石)は最高とされ、東京都の五日市市にある伊奈石も知られている。現在その丁場が宅地開発の危険にさらされて、遺跡保存に努力しているグループもある。豆腐づくりの里にすればと進言したものだ。今でも石臼挽きにこだわる人があるのはなぜか。蕎麦では蕎麦通 という人が多く、こだわりの職人芸として、各地に存在する。そばに関するかぎり石臼蕎麦でなければ通 じないことが定着している気配だ。豆腐にも豆腐通がいて、石臼挽きが残っている。京都や宇治市にあったが現在はほとんど消えたらしい。こういう本物の日本の豆腐の味にこだわる人がいればこそ、未来の世代が開発する際のスタートポイントが保存される。アメリカで日本の豆腐にこだわった人もいた。シュルトレフ著「とうふの本」"The Book of Tofu"は有名である。現在のように目先と利益だけを追うのでなく、本物のハイテクを駆使して、金に糸目をつけなければ、前記の石臼の欠点を克服する粉砕法が出現する可能性がない訳ではないと思う。

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