田沢湖の白妙の砂
田沢湖の砂浜は、昔から自浜といって名所になっていた。浅瀬がないという
この湖に、例外的にただ一箇所、遠浅の砂浜があって、それが石英砂だった。
斑晶石英という岩石が永い間に風雨によって分解し、細かい微粒子になって湖岸に
堆積したのだという。白浜は渚から湖水にかけて、その石英砂が敷きつめられ、
静かに光って、湖水の澄明さは一層ひきたてられた。
白浜の岸近くに一軒の古い旅宿があって、風呂場が汀に建っていた。歌人、
結城哀草果氏は次のように歌った。
田沢潮の 水わかしたる 風呂桶に
白妙の砂 あまたしづみぬ
(千葉治平著 『山の湖の物語』(秋田文化出版、1978)
私は田沢潮からなにげなくもち帰った一握の砂を、あらためて顕徴鏡で眺めてみた。
砂粒には泥がこびりついているが、たしかに美しい砂粒である。研究室の砂洗浄機にかけて
何日間も洗浄を続けてみると、カットグラスのように美しい砂粒が現われた。
「これこそ田沢潮の白妙の砂にちがいない」。
ひと粒、ひと粒、ピンセヅトで拾い出した。それは遺跡から白砂を復元する仕事であった。
このことを著考の千葉治乎さんに報告したところ、たいへん喜んでいただいた。
この美しい白砂が一面にひろがっていた田沢湖を、私はイメージに描けないが、千葉さんは、
渇水期に露出した湖底の一部で、白砂を偶然発見したときのようすを、こう書いておられる。
「私はハンカチをとり出して、純自の石英砂をすくった。
涙があふれて仕方なかった。・…・・私はもう一度、田沢湖の過去の姿を
再現させてみようと思った。湖の四季を追ってさまよった純心な少年の日に
帰り、あの青い湖水の波と戯れてみようと思った。しかし一度汚れた砂浜は、
二度と昔に帰らない」
地元の小学生たちが、ここの砂をよみがえらそう、鳴かせて見ようと夏休みに皆で砂を
洗った記事が話題になったこともある。(三輪茂雄:『鳴き砂幻想』)