田沢湖の失われた白妙の砂
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身の毛もよだつ話 : 浮木明神の怪

 湖の北岸、相内湯に浮木明神という小さな祠があり、ここには御神体の逆木すぎ杉と
よばれる巨木が沈んでいた。
 発電所が完成して水位が変動しはじめたとき、突如、浮木明神が水面に浮かんで漂流し、
「七日七夜湖を七回りする」という伝説通り、神秘の軌跡を描いて、永遠に水底へ
姿を没した。 これは田沢湖の死を告げる象徴的事件のひとつであったと。
 もっとなまなましい事件は、木の尻鱒の死滅である。乳白色の地肌で鱗がなく、網に かかって引き上げられ空気に触れるとたちまち黒ずんだ色に変色し、これが薪の燃えさし に似ているところから、木の尻鱒の名があった。  太古、川伝いにのぼってきた鮭鱒が、田沢湖の形成により陸封され、海に帰れなくなって、 特異な進化をとげたものといわれた。当時、田沢湖の魚族を研究しておられた 大島正満博士は、こう書かれている。
「古くは木の尻鱒の名で知られていた学界の稀種、国鱒も、やがては地球上 からその姿をかき消してしまうであろう。恐らく学者以外には実体を見た人が 無かろうと思う湖産の小鮎も、学界に見参することを許されないで、闇から 闇へ葬り去られてしまうのであろう。長の年月、大自然がはぐくみ育てた、 またと得がたい宝を、惜しげもなく棄て去らねぱならい時世にめぐりあわせた ことを嘆くのは非か」