豆腐の起源はやっぱり淮南だった証拠

 淮南の実地調査結果をふまえて,豆腐の歴史が明らかになり,従来の文献だけからの淮南起源否定説を否定し淮南起源が確かだといえるデータが出てきた。豆腐の起源はおそくても後漢まで遡る。その根拠の第一は淮南の現地で,大きな穴があいている明器が寿春の報恩寺にある寿州博物館に展示されていること。乾式の粉ではこのように大きい穴はいらない。これは豆腐など湿式粉砕の可能性大と考えられる。また中国から来た方が上海図書館で新しい発見があった。文物考古三十年という文献に1959年-1960年間の密県打虎亭の後漢代漢墓で発見された画像石(石刻図)に豆腐製造プロセスを書いたもの(豆腐作坊石刻)があったとある。これは後漢に豆腐製造があったことを証明するものだ(残念ながら上海図書館では画像石の図が見つからない。目下調査中でもしかすると日本に来ているかもと。東京上野の博物館?)。

寿春の報恩寺(寿州博物館)にある明器で見た受け皿穴あき豆腐臼

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