関連目次:人類と臼類


粉体工学会特別講演前刷(このファイルは10kB)

 演題:    雪崩と沙漠のブーミングサンド現象

     - モデル実験とバーチュアルリアリティで室内体験する試み-

                 同志社大学名誉教授 臼類資料室  三輪茂雄

 臼類資料室を開設した。臼類とは人類と対置できる概念で、臼類5000年史年表を示し、4500年まえのエジプトのクフ王の秘密の部屋から鳴き砂が出た話。その頃の臼はサドルカーンだったことなど。そして鳴き砂は海岸や沙漠という巨大な洗浄機械(ミリング)が気の遠くなるような時間をかけてつくり出した芸術作品だとまえおきして本題に入る。

1. まえがき

 1991年,島根県仁摩町に世界一巨大砂時計を目玉にした鳴き砂の博物館(仁摩サンドミュージアム)が開設され,世界鳴き砂調査団が発足して以来,網野町や同志社大学の参加も得て10次にわたる調査が行われた。その最大の関心事は海浜に存在する鳴き砂と沙漠の鳴き砂との関連であった。

 両者はいずれも石英を主成分とする1mm〜100μmの砂粒から構成される砂であり、構成鉱物は類似している。いずれも外力の作用で砂が動くときに発音特性を示す。新雪を踏むときに音がでるように,海浜の鳴き砂もブーミングサンドも同じく発音する。大規模に存在すればブーミングサンドも砂の 雪崩(avalanche)が巨大な音を発生する。そこで雪の研究者(北海道大学 黒岩重吾教授)が表層雪崩に関連して注目したことがある。

 2. 現在の日本の海浜に存在する鳴き砂

表1 日本の鳴き砂は石英含有率(含有個数%)が小さい

琴引浜 琴ケ浜
石英 42 50
カリ長石 34 22
堆積岩片 15 9
斜長石 6 14
火山岩片 2 0.5
貝殻片 1 1
角閃石 2
単斜輝石 1
鳴き砂は従来石英砂とされてきたが、正確には石英が多い,あるいはSiO2リッチというべきであろう。表1に代表的な砂の鉱物組成分析結果(京都・益富地学会館に依頼)を示した。現在の日本の海浜に存在する鳴き砂の 大部分が海水浴場など観光目的に利用されているので,現地を訪ねても感激するような発音特性には稀にしか遭遇できない。しかし運よく遭遇できた人には誰でも忘れがたい印象を与えるようである。

 筆者がはじめて鳴き砂に出会ったのは1970年代初頭であったから,至る所で感激することができた。その後発音特性が失われても,それは各種の汚れが原因だから,汚れさえ除去すれば発音特性は回復すると考えられ勝ちである。そこで洗浄についてあらゆる方法を試みたが,結論からいえば洗剤や各種薬品、超音波洗浄など無駄だった。なによりも砂を蒸留水で煮沸するのが最も効果的だった。未だ汚染が進んでいない砂は煮沸して回復する。

3.  海浜の鳴き砂は水中で発音する事実

 現在のわが国の海浜では鳴き砂は十分乾燥した条件でしか発音特性を示さないが,本来鳴き砂は水中でも発音特性を有する。この事実をはじめて知ったのはRio De Janeiroの海浜の砂だった(1980年採取試料)。これは偶然だったが私にとっては驚きだった。この砂は現在も証拠として保存している。そのごオーストラリアの人跡未踏の地Cape Fllataryでも同じ現象を体験した。

 外国の文献では唯一イギリスのBrown,A.E.がこう書いている。"The frequency analysis of this note shows only a small displacement of the peaks obtained when dry sand is struck" (その音の周波数解析は乾燥した砂をつついた時のものから僅かずれるだけだった。)」そして音波解析データを示した。

 試料は鳴き砂研究の発祥地である有名なイギリスのEigg島であった。なお彼の論文は日本を含む世界の文献を詳細に参照している非常に詳しい報告である。

4. 人工鳴き砂

表2 山形県遅谷産ケイ砂の鉱物組成

含有個数%
石英    98
堆積岩片     2

 普通の海浜にある鳴き砂も長時間洗浄すれば少し発音特性をもつようになるが発音特性はそれほどよくない。雑石の混入のため石英の含有率が小さいためである。山形県西置賜郡飯豊町遅谷産の普通山砂と呼ばれているケイ砂がある(表2)。現在はガラス原料用に採取されている。この砂は500-300万年前,鮮新世の地層に粘土に混じって産出する。長い年月荒波にされされて粒子は丸みを帯びている。これを長時間かけて機械洗浄すると発音特性を回復する。古日本海に存在した鳴き砂である。

図4 太古の遅谷 図5 蛙砂セット

その砂は乾燥すれば普通の海浜の鳴き砂と同じ発音特性を示す。さらに洗浄を継続するとやがて水中でも発音特性を示すようになる。その水中での鳴き音は非常に高いので,アクリルパイプを加工して水と一緒に封じ込んだ小道具を作った。

仁摩サンドミュージアムでは鳴き砂の展示に利用している。

5. 沙漠のブーミングサンド

 中国では前漢時代から古文書に出ている有名な鳴沙山ほか多くのブーミングサンドが存在する。文字通り鳴沙の山。

 紀元880年に書かれた『敦煌録』という古文書に いわく。「悉く純沙聚起。この山、神異ありて峯は削成せるが如し。そ の間に井あり。沙それを蔽う能わず。盛夏に自鳴す。人馬これを踐めば声数十里を震わ す。風俗端午の日,城中の子女皆、高峰に躋り一斉に踐下せば、その声吼えて雷の如し 。暁に至ってこれを看れば,峭嶽は旧の如し」 

 現在はシルクロードブームで観光客がどっと訪れるからこの山は鳴かない。NHKのシルクロード特集でも山が鳴くのは風が切る音だと間違ったことを伝えた。

図2 中国のブーミングサンド

 筆者はどうしてもその音が聞きたくて中国を何度も訪れた。図2は中国のブーミングサンドと鳴き砂の所在地である。木壘はウルムチの西方約300キロ,さらにそこから約200キロ北へ遊牧民の案内で行く。中国の沙漠研究所も知らなかった,カザフ遊牧民の聖地があった。遊牧民だった親爺の指図で息子が運転するジープで行く。文字通 り人跡未踏。山頂では手で砂を跳ねると蛙の声がすると現地人がいうのももっともだと思った。普通 のビデオカメラだったので録音は音が歪んで不可。

 もう一つ内モンゴル自治区の巴丹吉林(Badain-jaram)沙漠。現地までのルートは車が入れないから沙漠の道を遊牧民の案内で野生の駱駝の旅。ようやくここでブーミングサンドの音の録音に成功した。

図3 巴丹吉林沙漠で録音したブーミング音周波数と波形

図3はその音の周波数と波形である。低周波でしかも唸り(beat)である。この唸りすなわちウンウンウンと響くのが特徴で,これは鐘の音を聴くのに似ている。人々に感動を与えるのはそのためらしい。

京都府網野町それをバーチュアルリアリティ化することが検討されている。鳴き砂の迫力を最大限に表現できる方法であり,またバーチャルリアリティには絶好の対象でもある。アメリカではすでに観光化で失われつつあり3),中国でも敦煌のように失われる方向に進んでいる。世界の環境モデルとして是非実現したいものだ。

6 ブーミングサンドのモデル実験とスケール効果 

 筆者には別にミニブーミングサンドのアイディアがある。意外なことに前述の蛙砂は最高の条件を達成すればブーミングと同じ特性の特殊音を発する事実がある。 図5の蛙砂セットをゆっくり傾けると、水中で安息角をなしている砂の表面で表層砂流が発生する。これは表層雪崩のミニチュアでもある。そのときヒー(hea)というかすかな音を発する。その音は小さいとはいえ注意して聴けば2m位離れていても聞き取ることができる。スケールを大きくすると発生周波数は小さくなる傾向が見られる。その音響特性はその音の周波数も波形もそっくりである。現在までに砂約5gから10kgまで実験した。島根県仁摩町で1分計砂時計を1年までスケールアップして1tonの砂を人力で回転させている。さしあたり次の実験は1tonが目標である。

 なお,このヒー音はアクリル容器の共鳴ではないことは,フラタリーの現地の浜でそれに似た音を聞けたし,ガラス製ビーカーで最少限乾量約5gの砂で開放状態でも十分聞き取れる程度の音が出ることから確認できる。

7. 結言

 沙漠の巨大なブーミング サンド現象と海浜の鳴き砂現象とはまったく違う場での現象であるが,本来同一の現象でスケールが相違するだけであると考えられることを示した。

 

参考文献:

1. Brown,A.E. (Phil.Soc.Proc.,Ser.A.,217-230(1961),1-17(1964))”The Singing Sands of the seashoe”

2. 三輪茂雄,尾崎都司正,屈 建軍:日本砂丘学会誌,43,No.1,16-21(1996)

”環境モデルとしての巴丹吉林沙漠のブーミング砂丘

3.  三輪茂雄,尾崎都司正:日本砂丘学会誌,42,No.1,20-29(1995)中国およびアメリカにおけるブーミング砂丘の発音特性低下について

4. 三輪茂雄,西尾尚士:日本砂丘学会誌,

Vol.42,2,11-18(1995)鳴き砂本来の発生音評価による海水汚染の検討

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