リンク:
日本の石臼用の石材
石の地方色
石材の選択は、臼の性能を決定的に左右する。
現在、わが国の各地に残存している石臼を調査すると、それぞれの地方で手に入る石材のなかから、臼に使える石をうまく選び出していることがわかる。ここにも 古人の知恵がしのばれる。まず各地を訪ねたときの印象は、それぞれの地方によって、「石の地方色」とでもいうべきものが明瞭に存在することだ。
さいきんでは石材が容易に遠く運搬されるようになり、外材と称して、世界各地から輸入される石もきわめて多くなった。見なれたい石の肌、どぎっい色の石に出会ったら、まず外材と思っていいほどに.、勘が働くのが石材である。これは、よくいわれるように、石と人間とのふれ合いには根深いものがあり、石の肌に.たいする感覚は、われわれのどこかに,そなわっているものたのかも知れたい。石臼を訪ねて見知らぬ土地におり立ったとき、筆者は目的地に.ゆきっくまでに、古い民家の石垣や、灯ろう、石仏、墓石など、石工の手の加わった石造物をまず見てあるく。それに.よって、大体その地方で主に使われる石材がわかり、石目もたいてい、そのどれかでっくられている。
愛知県の岡崎を訪ねたときの強烈な印象は今も忘れることができたい。ちょうど雨上りで、ぬれた石垣が美しかった。どんな石でも乾いていればほこりっぽいが、水にぬれると新鮮な石肌を示す。岡崎の石は、夕日をうけてキラキラ光る小さな粒子を無数に含んでいた。この地方の花こう岩には白雲母を含むものが多い。そして、どの石目も、このキラキラ光る石でできていて、土地の人たちは、石臼にもっとも適する石を臼石と呼んでいた。第六章でのべるように、現在、宇治の抹茶用電動石臼には岡崎産の石がつかわれている。これは粉挽き臼よりも細かい石質のものである。臼石と称する岡崎みかげを手に入れて、筆者はいくつかの石臼をつくってみたが、加工しやすい点でも抜群であった。
ノミで叩いたときの、石の反応とでもいおうか、クッシヨンが、実にソフトで、しかも石が「ねばい」感じである。著しく非科学的な表現であるが、それがもっとも適した表現だ。もうひとっ、印象深いのは、山形県の南陽市近傍である。ここを訪ねたのは昭和50年の夏で、置賜民俗資料館(米沢市)の創立者故遠藤太郎さんに案内していただいた。漆山の阿弥陀種子板碑、三布山珍蔵寺のお墓、宮内の熊野神杜、赤湯の八幡様、長谷観音、二色根薬師寺と、片っばしから石造物を見てあるいた。盛夏のヵンヵン照りをものともせずにゆく太郎さんのはげ頭を追った一日であったが、これが私にとって、遠藤さんとすごした最後の一日となってしまった。翌年、氏は病床にっかれ、他界されたのである。
しかしこの日遠藤さんと見てあるいた石造物はすべて、土地の人が屋代石あるいは高畠石と呼んでいる、きわめて多孔質の溶結凝灰岩であった。筆者にとってこの石肌は全くはじめての奇怪なものであったが、これがこの地方の臼の材料にもなっていたのである。花こう岩や砂岩の石臼になじんでいるものにとって、この石肌はとても石臼になるとは思えないものだが、古くから使われていたらしく、古い屋敷跡から.発掘された上臼も見ることができた。この石材も入手して、筆者は石臼をつくってみた。一見、脆そうに見えるが、ねばくて、作りやすかった。
沖縄の石臼
那覇市首里にある沖縄県立博物館の表玄関には、かつて首里城にあった竜の頭が飾ってある。これは「ニービの骨」とよばれている微粒砂岩でっくられている。粘板岩地層の粘土のなかから石塊として出るもので、中城、島袋などから産する。キラキラ白く光る結晶がちりばめられ、乾いた状態でも濃茶褐色を呈して美しい。磨き上げると、しぶい艶も出るというまさに砂岩の王ともいうべき石だ。このニ-ビの骨でつくられた石臼が沖縄には多い。シマウシ(島の目の意)と呼ばれ、よい臼とされている。
石材のいろいろ
大まかに1いって、花こう岩、安山岩、砂岩および溶結凝灰岩が用いられている。地学で使う名は石の成因を論ずるにはよいが、石臼では役にたたない。全く石臼に適さたいのは、やわらかくて層理のある水成岩や、逆に硬すぎる細目の花こう岩、玄武岩や著しく硬質の砂岩たどは、つくりにくいだけでたく、粉挽きに.つかうと表面がつるつるにたって、粉が焼けるなどの現象が起こる。現在までに筆者が確認した石材で、比較的多くつかわれているものを表に示す。
石臼を追う旅は各地の石との出会いの旅であり、またそれぞれの土地の食べ物にも直結しているから,なおさら楽しい。
俗称 | 一般名 | 地方 | 記事 |
屋代石、高畠石 |
溶結凝灰岩 | 山形県 | 多孔質でやや軟質 |
稲田石 | 花崗岩 | 茨城県 | 組織が粗目の物から細かめまで |
佐渡石 | 砂岩 | 佐渡 | 灰色でやや軟質 |
伊奈石 | 砂岩 | 東京都西多摩郡 | 緑色がかった硬質砂岩 |
岡崎石 | 花崗岩 | 愛知県 | 両雲母花崗岩が多い |
石榑石 | 花崗岩 | 三重県 | 石英が黒みがかって見える |
曲谷石 | 花崗岩 | 滋賀県 | 黒雲母が細かめで連なっている |
笏谷石 | 溶結凝灰岩 | 福井県 | 青色 |
小和清水石 | 砂岩 | 福井県 | 緻密な組織 |
白川石 | 花崗岩 | 京都市 | |
御影石 | 花崗岩 | 兵庫県 | 本御影と呼ばれ代表的な花崗岩 |
竜山石 | 流紋質溶結凝灰岩 | 兵庫県 | 青色と黄色の2種類がある |
万成石 | 花崗岩 | 岡山県 | 赤目の花崗岩でやや堅い |
北木石 | 花崗岩 | 岡山県 | 不透明白色の長石が目立つ。石臼に最適という |
撫養石 | 和泉砂岩系 | 徳島県 | 緑色で黒い砂粒の形に特色がある |
栖本石 | 変朽安山岩 | 長崎県天草 | 緑色で緻密な一見砂岩と見まがう |
鳥島石 | 安山岩 | 沖縄県 | 多孔質黒色 |
ニービの骨 | 砂岩 | 沖縄県 | 茶褐色で緻密な美しい石、入手困難 |
三輪茂雄著『ものと人間の文化史-臼』(法政大学出版刊、1978)よりp.154-159