日本列島が先住民だった時代に鳴き砂があった?
--アイヌ語のキリキリとは--
知里真志保著『地名アイヌ語小辞典』(北海道出版企画センター,1956)32頁に
「ふムシオタ その上を歩けばキリキリと音のする砂浜→kirikiri.音・する・砂浜」とあるがと野崎 順さん(仙台在住)から情報があった。私の前著『鳴き砂 幻想』(ダイヤモンド社,1982)207頁に次の記載がある。
「 吉里吉里国訪問 岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里。かなりりくわしい地図でたければ出ていない陸中海岸のひなびた村落が、ベスト・セラー、井上ひさし著『吉里吉里人』(新潮杜,1981)で一躍有名になった。その本の93ぺージにこう書いてある。「砂浜を歩きますと、きりきりと砂が軋みますでしょう。そこでアイヌ人たちは砂浜のことをきりきりと呼ぶようになったのだそうですね。ですから東北の海や川の近くには吉里吉里ないしは木里木里という地名が沢山ございますよ」。フィクションだから気にすることもないのだが、この話は、地名学上、以前から議論されているところだ。「金田一京助博士は砂浜を歩く時の擬音語であるといわれたが、キリキリはアイヌ語では白砂の義でもある」(『国語学論考』1962)『宮古地名物語』には、「気仙沼湾の大島のククナリ浜(十八鳴浜)も砂浜を歩くとク・クという音を発するので九十九=十八に因み十八の文字を用いたという。キリキリの用字法は 類似している」と書かれている。フィクションのうちはいいが、地名辞典に出るようになると、これは少々問題だ。砂がキリキリ音を発するとなれば、少なくとも、スキーキング・サンドでなければならたい。 フィクションの新独立国、吉里吉里訪問の好奇心から、1982年4月に訪ねてみた。太平洋に面して弁天浜があり、南端は漁港、それから北に向かい海水浴場が広がっている。浜砂は後背地の岩石が風化してできた土砂から洗い出されるので、不透明の石英砂を主とし、鋭角状の粒子で、ミュージカルはおろか、軋り音を出すスキーキング・サンドでもなかった。国語学者がひねりだした、気まぐれな文にひっかかったおかげで、私はめずらしい国を訪問する口実ができたのは結構なことであった。 池田未則著『日本地名伝承論』(平凡杜,1977) 小島俊一著『宮古地名物語』(?)