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北海道大学農学部訪問紀行
伝統技術史料調査保存特別委員会報告の再録:
わが国の製粉技術史上に残るヨーロッパ系石臼の調査
粉体工学会誌,vol.13,No.10,(1976)
本特別委員会の第1回事業として,上記石臼の調査を行なった。以下はその報告である。
日時:昭和51年5月28日(金)午後1:00-4:00
場所:札幌市中央区北3条西8丁目(北大植物園内)北海道大学農学部付属博物館
1. 調査にいたる経緯
日本製粉株式会杜門司工場の山本秀夫氏のご尽力により,本委員会は上記付属博物館に保存されている小麦製粉用石臼の調査の機会を与えられた。調査にいたるまでの連絡および当日の手配などについては同博物館の西村正二事務官および日本製粉(株)札幌営業所東元昇氏のお世話になり,また石臼の移動については小樽の羽角建設(株)杜長,羽角徳三氏のご好意によった。参加者7名。
2. 当日の様子
東京はむし暑い梅雨模様の天気だったが,同日朝羽田発の日航ジャンボで千歳空港に到着した一行は,札幌に向う空港パスの窓外に展開する新緑の鮮かな色と,からりとした北海道特有の空気に迎えられて,梅雨のない地方のよさをしみじみと味わった。ことに北大植物園のこぽれるばかりの緑と,花ざかりのライラックは,この日の調査を余りにも見事に演出するものであった。到着と同時に調査に着手した。
3、わが国最初の製粉工場
明治6年(1873)2月に北海道開拓使の殖産事業の一つとして札幌製粉場が設立された。これはわが国最初の近代的機械製粉工場であった。r日本製粉株式会社七十年史」にはそれについての詳しい記述がある。水車を動力としたもので,粉磨機械1一麺粉其他穀類を磨する器一を装置す」(北海道開拓使事業報告)とあり,アメリカの中古製粉機を移設した。そして同年夏に操業を開始し,北海道で栽培されたアメリカ種の小麦による小麦粉が製造された。しかし,当時は動力の関係で製材所と同じ建物内で操業したことや,石臼だけはアメリカのものだったが, 篩その他は従来の日本の手作業に頼ったため,良質の粉がえられず失敗に終った。明治九年に至り,器械場を全面的に改造し,さきの石臼をつかい,動力を12馬力の蒸気機関にして能力15バーレルの日本最初の製粉工場が完成した。明治12年にはアメリカから篩器械をとりよせ,小麦粉の品質はかなり向上した。その後明治18年にロール製粉工場が運転開始するまでの間,この石臼が活躍した。
4. 石臼の調査
上図のように上下臼が重ねておいてあり,目を見るのが目的であったから,まず上臼を移動する必要があった(図3)。上臼重量は約150kgである。
図4 臼の目上臼
図4は下臼の目を示す。ヨーロッパの小麦製粉にもっともひろく使われている典型的たパターンで分画はなく準切線状の目が刻まれていた。さきに群馬県館林市にある日清製粉館林工場内にある館林記念館の臼(トラピスト修道院にあったもの)について報告した(別著!)参照)が,その場合は14分画3溝式で,一応分画がみられた。石質はやはり館林のと同じで北フランスのMameVaileyにあるChalonsの町の近くのLa・Ferte-sous-Jouareに出るポーラス質の石英にまちがいないと思われた。この石は製粉用臼の石材として,古くから(200年間)もっともすぐれたものとされ,ひろくヨーロッパおよびアメリカに普及したものである。表面に多数の穴がみられるのが特色で,図4に斑点状に書いているのがそれである。一見,大理石のようにも見えるし,多孔質の状態は石英粗面岩(溶結凝灰岩)にも似ているため,「石英粗面岩に珪酸を注入したもの」と判定されたことがある。しかし今回の調査でそれは誤りであることが判明したので,従来の記述)は改めねばならない。厚み約25mmの上記石材を何枚か組み合わせて,臼面を構成している。上臼も下臼も4枚を組み合わせてあった。それをコンクリート製のベースの上に何らかの接着材で貼りつけてある。
下臼の下面には駆動軸に固定するための溝がついていることから,下臼駆動式と考えられ,下臼を反時計方向に回転させたものであろう。上臼は床に固定して,その重量は下臼にかかる。臼面は,日本の臼とくに関東地方にみられるようなふ
くらみは全くない。日本の抹茶臼は0.5mm以下のわずかなふくらみをもたせているが,そのような傾向もみられなかった。臼面には副々溝(細い溝でcracksと呼ぶ)をつけるのであるが,それは全く摩滅しており,痕跡もみられなかった。拓本にも出ないほどに摩滅しており,この目は最後には目たてを十分せずに使ったものと思われる。
5.調査を終えて
石臼製粉についての文献や実験データが少ないので,今回の調査ではまだ不備な点が多かったように思う。この臼が一応完全な形で保存されているのは幸いである。その点で館林記念館では池の中に沈められ,鉄バソドなどが失われる状態にあるのは惜しいことであると思う。(委員長三輪茂雄)