そば粉の粒子を調べる
特集1〈主原料研究〉(『そばうどん誌』に出した記事に加筆した)
 柴田書店のサイトには『粉こぼれ話』は出ているが、その前に出た記事がないので参考のために出すことにした。原本を失っているのでコピーからの写真のため図が不鮮明だがいずれも無用の長物だから気にしない。
        そば製粉におけるミルとふるいの役割
                          同志社大学名誉教授 三輪茂雄

 おいしい蕎麦にはどんな粉がよいのかを判断する能力を、私はもち合わせていない。いろんな粉があって、蕎麦屋さんはそれを使いこなし、それぞれ自慢の味と香りと、舌ざわりなど、お店独特のおいしいおらが蕎麦をつくっておられる。玄蕎麦の産地によってもちがうから、粉だけの特性を議論してみてもはじまらないにちがいない。しかし、専門の粉体工学の立場から見たらどういうことになるか。純粋に粉の特性を吟味してみるのも、何かの参考になるにちがいない。それどころか、内地産の玄蕎麦を手に入れても粉にする工程がよくないと、せっかくの蕎麦がだめになってしまう。そこで編集部にお願いして、あちこちの著名なそば製粉工場の蕎麦粉を集めてもらった。選んだ粉は、今流通しているものの代表選手というわけではない。ひとつの参考例として、読者諸氏のご判断を仰ぎたい。
 光学顕微饒で観察
 粉の研究の第一歩は、粉を構成する粒子を、じっくり観察することからはじまる。だが、粉の粒子を光学顕徴鏡で調べるのは、簡単なようだが、相当の熟練がいる。素人はチラッと顕微鏡をのぞいて、「なるほど」ということが多いが、こんなのは、なんにもわかっちゃいない。粒子を見るのは、お見合いのようなものである。チラッと見て感心するのは、一目惚れで、当てにならない。
 図1は三種類の粉を、私がスケッチしてみたものだが、この三つの図を描くのに、一日がかりだった。座右に双眼実体顕微鏡を置き、眺めては休み、少しずつ印象を書き留めてゆくのである。視野を少しずつずらせて、たくさんの粒子を観察し、その結果をまとめながら、ひとつの絵に描いてゆく。つまり顕徴鏡で粉を調ぺるというのは、一日がかりで、じっくり粉の粒子とお見合いすることなのである。このようにすると、人問の頭脳という最高のコンピューターに、たくさんの情報が記録され観察眼が次第に鋭くなってゆく。いろんな粒子を観察した経験を積むほど、今まで気がつかなかった特徴も、見つけだせるようになる。粒子は三次元の形状であるから、数学では表わせない。最近ではコンピュータが発達し、形を表現する各種の方法が研究されているが、どれも、人間の眼にはとうてい追いつけない。私は京都に住んでいるので、天龍寺や竜安寺などの名園の石を見にゆくが、そんな経験も、粒子の観察眼の養成に役立つ。顕徴鏡の視野のなかで、虎子渡りの枯山水に見るような、すごい迫力の粒子に出くわして感嘆することもある。顕微鏡写真を撮影すれぱよさそうなものだが、写真には全く立体感がなく、それに焦点深度の限界があって、見たままには写らない。お見合いでも、写真うつりのよしあしと実物とは全くちがうのに似ている。
 蕎麦粉の粗い粒子(0.5mm前後)は、水晶のような柱状組織をもっている。これに0.1-0.5.mmぐらいの微粒子が付着している。粉砕機の種類(ロール、石臼、胴搗き)により、柱状組織の砕け方がちがい、また微粉の付着状態がちがっている。ロールでは付着が少ないが、石臼や胴搗きでは、粉をまぷしたように見える。粉砕後、石臼や胴搗きでは、混合効果を伴うためであろうか。これが蕎麦を打つときにどういう影響をもつのかは、研究に値する問題である。私がこんな見方をするのは、大学赴任前に勤務していた昭和電工で14年かかって育んだ技術だ。何のことはないこれが私の唯一のノウハウだった。粉の表面に粉をまぶした製品を出したら、ある種の耐火物の性能が抜群になって、喜ばれた。そのとき導入した機械は既にメーカーも製造中止していた古典的機械だった。粉砕機械はそれぞれ個性を持ち時代に関わりなく生命をもつという認識はここに原点があった。
 ふるい分けの問題

 粉をつくる工程で、粉砕とふるい分けは切っても切れない関係にある。玄蕎麦は土石や、ごみを含んでいるので、まずふるいにかけて、これらの不純物を除く。蕎麦の品種や産地によってもちがうが、たとえば、5mmの網と1mmの網を使い、網上になったごみと、網下になった土石を除去する。そばと同じ大きさの砂粒は、ふるいでは除去できないが、振動により沈む偏析の原理などを利用し分離する。この機械をストーナーという。次に、電動ブラシなどを使う玄蕎麦磨き機械にかけて、表面に付着している土ぽこりなどを除去する。この場合にも風力やふるいを併用する。この玄蕎麦精製工程を十分に行わないと、そばを食べるとき、ジャリジャリする。精選した玄蕎麦は、次に皮むき機にかける。皮をむいたものを、「抜き」と呼んでいる。乾燥状態の調節が大切で、皮がむけていない玄そぱを完全になくすのは難しい。いわゆる「抜き」と皮は、風選とふるいの併用で分離する。石臼で粉砕する場合には、精選した玄蕎麦を、いきなり石臼にかける場合もある。上下臼の間隙を少しあけておいて、供給量を多くして挽けぱ、皮の部分はあまり細かくならず、一方、実はもろいので細かくなり、適当な大きさの網目を選ぺば、皮だけが網上に残り、網下には少しくだけた皮が混じった粗目の粉になる。これをさらに石臼にかけて細かく挽けぱ、少し黒味を帯ぴた粉になる。伝統的な蕎麦粉は、これである。この方が蕎麦らしい趣きがあるとして好まれることもある。また、胴搗きすれぱ、皮の部分が粉の中に繊維状になって分散 図2石臼製粉ダイヤグラムの1例
するので、嵩ぱった特徴ある粉になる。
図2 石臼製粉ダイヤグラムんの一例

 

  以上の工程で、網目の大きさがちがう、いくつかのふるいが必要になる。製粉工場ではこれが複雑に絡み合わされている。     図2はその一例である。WはWIre meshすなわち金網を意味し、数字はメッシュ(1インチ間の目数)である。GGとXXは絹網の織り方を意味し、GGはGrid Gauze、XXはDouble Extraの略で比較的粗い網目にGG、比鮫的細かい網目にXXが使われている。
 60GGは60メッシュのGG織、9XXは90メッシュのXX織と理解すれぱよい。(XXでは数字を10倍したのが大体のメッシュ数)
 絹網(篩絹)はシルク・ボルティング・クロスと呼び、表1のような種類がある。網の目開きは、ミクロン(μm)で示してある。1μmは1mmの1000分の一である。
 図2に示したような網の選択と、粉砕機との組み合わせは、製粉工場によって異なるが、さまざまな組み合わせがある。粉砕によって、大きさのちがう粒子の混合物ができるので、これをセモリナと呼ぷが、これをふるいによって区分けし、粗いものは、さらに粉砕して細かい粉にする。それぞれ成分がちがっているので、出き上がった粉は特性がちがう。これをうまく調合して、お客の好みに合わせるのが、蕎麦製粉工場の仕事である。匙加減という言葉があるが、製粉では網と粉砕機の組み合わせ加減で、同じ玄蕎麦から、多樣な粉がつくられる。
表1 シルクボルティングクロス〔篩絹)の銘柄

 小麦製粉でも、蕎麦製粉でも、伝統的にシルク・ボルティング・クロスが使われてきたが、最近は次第にナイロン・ボルティング・クロスに変わった。絹は著しく高価になり、シルク・ポルティング・クロスは、すでにわが国では生産されなくなった。それに代わって、安価なナイロン・ボルティング・クロスが登場した。しかし、ナイロンは絹に比べ、伸びが大きく、従来のように人力で、ったのでは使いものにならないため、旧式の篩分機械をもつ工場では普及しなかった。専用の網緊張装置をもち、改造したシフターを導入するのには、相当の設備投資を必要とするので、ナイロンの普及は大製粉工場からはじまった。今後は、シルクの入手難とコストの点から、全面的にナイロンにおきかえられていった。

 これは技術の進歩ではなく、コスト優先の思想であった。互換性のある厩成の枠に、望みの網を張った、いわゆるパネル方式も次第に普及した。ナイロンは絹に比ぺて静電気を帯びやすいという別の欠点もあるが、これには、メタルをコーティングしたナイロンやポリエステルの網がすでに出現している。しかしナイロンでは味が落ちると絹にこだわる向きもあった。
 耐摩耗性に優れたこの種の網は、従来、Wで示された金網にとって代わるものと思われ、すでに試用されはじめている。蕎麦製粉では、粉砕方法をどうすべきかとならんで、ふるい網の選定と、絡み合わせも、重要である。

 ふるいによる粒度試験結果
 粒度試験には日本工業規格(JISーZ8801ー1982)に規定された標準ふるいを用いる。1982年夏、従来の規格が大幅に改正された。その要点は、網の目開きが、国際規格(ISO)に合うように数値が変わったことである。非常に合理的になった。  
 従来、粒度試験用には金網(真鍮、ステンレス)が主に用いられた。しかし金網は致命的な欠点がある。それは、目詰りした粒子がなかなかとれないことである。これはいろいろの粉の試験をしたい場合、異物混入の原因になる。
 前述したようにナイロンの網が非常に進歩し、金網以上に正確な網目がつくれるようになってきた。そこでこのナイロン網を使い、塩化ビニール製枠に張ったナイロン-テスティング・シーブが開発された。JIS標準フルイの委員会は従来の金網しか頭にない委員ばかりのため、私が委員長だったときには強引にナイロン・テスティング・シーブを補足事項として入れることに成功した。
 当時の通産省が数年後の規格改定時に委員構成不変のまま次の委員会を開催しようとしたので私は委員長就任を拒否した。そこでフルイを知らない大学教授が就任し補足事項は削除された。しかしこのフルイを愛用した人も多く、現在でも細々と生き続けている。
 その特徴は、目詰まりを完全に除去でき、水洗いもしやすいことのほか、枠が頑丈なので、誤って床上に落としても、傷まないことである。金網ではいちど落とすと、枠が変形し、使えなくなる。この試験では新しく開発されたナイロン.テスティング・シーブ(東京・筒井理化学器械製)を使用した。表2は測定値である。金網では篩分け不可能である。それぞれのふるいの上に残った質量%と、その積算値(積算ふるい上%)が示してある。JISではメッシュは使わないことになっているが、慣習としてメッシュを使うことも多いので参考値として伝統メッシュも書き添えておいた。         


 慣れた人は、この数値表だけで粒度の見当がつくが、もっとわかりやすいのは、図示することだ。粉体工学では対数正規確率分布線図という専用の図表を使う。詳しくは拙著『粉体工学通論』(日刊工業新聞社刊,2002)に解説してあるが、図表の見方さえわかれぱ誰でも使えるので、簡単に説明しておく。図3の横軸はふるい目開きの対数値がとってある。縦に引いたたくさんの平行線は、JIS標準ふるいの目開きに相当する位置である。縦軸は、それぞれのふるいの上に残った積算値である。表2の積算値をこの図3のそれぞれのふるい目に相当する縦線上にとり、線で結べぱ、それぞれの粉の粒度分布を表わす曲線になる。

 この図では右の方になるほど粗い粉であり、傾斜が急なほど粒揃いの粉であることを示している。A店の粉は著しく粗く、粒揃いではない。つまり、非常に粗い粉から、非常に細かい粉まで広い範囲の粒子 が混ざり合っている。顕微鏡で見たとき図1(石臼)のように見えたのはそのためである。石臼挽きはB社のも、粒度分布範囲が広い。とくに63ミクロン以下の非常に細かい粉が著しくたくさん含まれているのが特色である。石臼面での滞留時間が長いので、微粉をたくさん生成するためであろう。しかもこれが、粗い粒子の表面にこすりつけられ、まるで粉をまぷしたようになる。胴搗きもよく似ている。ロール製粉では、粒度分布範囲が狭い傾向がある。どの製粉所のも、だいたい同じような粒度範囲におさまっている。
 蕎麦粉は、うどん粉に比ぺて、大変ふるい分けにくい。図4のように、網目にくっついて、振っただけでは網を通らない。粒度測定するためには、専用の電動ブラシを使いながら、完全に、それそれの網日より細かいものを通さねぱならぬ。とくに100メッシュ以下の細かい網の場合には注意を要する。それぞれの網に残った粒子を顕微鏡で観察し、完全にふるい分けられたかどうかを確認しながら、試験を続ける。これも、気の長い仕事であるが、これは学生に任せず私自身が粉屋の根性で実施した。図5はB社のサンブルにつき、各ふるいに残った粉の写真を撮影したものである。 
粉の嵩密度


 粉の粒度とならんで大切な粉の物性は、嵩密度(嵩比重)である。100mlの容器に、ふるいを通しながら粉をふりかけ、山盛りになってから、へらですり切っで、入った質量を測る。これを内容積(100ml)で割った値である。1ml当たりのグラム数で表わし、嵩密度という。ふるいで充填すると、ゆるく詰まるので、疎充填密度という。次に、トントンと机に叩きつけながら充填し、それ以上詰まらなくなるまで充填する。このようにして測定すると、密充填密度がえられる。表3は、測定値である。密充填嵩密度の値が大きい順にならぺてみた。大まかな傾向として、石臼は密充填嵩密度が大きく、胴搗きは小さく、ロールはその中間にあるが、粒度によって差もあって、一概にはいえない。
乾麺表面の電子顕微鏡写真
 蕎麦に打った乾麺表面の電子顕微鏡写真を、ロール、石臼、胴搗きの三種の粉でつくったそぱにつき比較したのが、図6である。
 上下方向に粒子の排列に傾向がみられるのは、蕎麦の長い方向である。機械で打ったためであろうか。丸いのは、蕎麦粉の粒子ではなく、でんぷん粒である。この四つの写真を比較して、差があるとしても、これだけで粉砕方法の差を論ずることはできない。たまたまこの視野に差がみられるにすぎないからである。下の2つは同じ乾麺だが視野が違うだけだ。象の体を、虫めがねで調ぺて見るのに似ている。少し視野を変えれぱ全くちがう。胴搗きについては、二つの視野が示してある。この二枚の写真では大変な差があるが、このように表面は均一ではない。そんなわけで、苦労して電子顕微鏡写真をとってみたが、何もわからなかったのが実状である。もっともっとたくさん調べてみなけれぱならないようだ。

図6. 乾麺の電子顕微鏡写真